フランスにおけるスポーツ事故の
訴訟と判例の概況
= 種目別スポーツ責任訴訟と
契約責任訴訟3/3=
神戸大学発達科学部助教授
齋藤 健司
3.組織者の契約責任:乗馬ハイキング事故の事例
フランスにおいて乗馬に関するスポーツ責任訴訟は極めて多い。乗馬のカテゴリーは広範囲に及び、高度な馬術競技だけでなく、馬による遠乗り・ハイキングなどの余暇レクリエーション活動も含まれる。乗馬では、技能の優劣に関わらず落馬等の個人的不可避的な事故は常に想定され、余暇レクリエーション活動として初心者が乗馬を体験する場合にはさらにその危険性が増大すると言える。また、馬が実践者の所有でない場合が多く、乗馬実践には馬の貸借契約が付随するケースが一般的である。次の2つの乗馬ハイキング事故に関する判決は、ともに指導員付きの乗馬ハイキングを組織した団体組織者の民事責任が問われることになった(3)。
第1に、1982年2月3日のパリ控訴院判決では、企業の福利厚生団体が指導員付きの乗馬ハイキングを企画した中での事故が問題となった。この企業の福利厚生団体から乗馬ハイキングを依頼された乗馬センターは、3人の初心者の乗馬参加者に対して1人の指導員を同伴させた。しかし、この指導員は適正な免許を所持していなかったうえ、同伴途中にギャロップ(駆け足)を行っていた他のグループに追いつこうとして、初心者3人を一所に待機させた。この時に参加者の内の1人の馬に蹴られて、別の1人が足を骨折する事故が起きたのである。裁判所は、まず乗馬センターに対して、無能力な指導員の過失による事故ついての使用者責任を認めた。乗馬センター側は、単なる馬の貸し主にすぎず、乗馬に参加することによって生じる危険を参加者本人が引き受けていると異議申し立てたが受け入れられなかった。さらに、裁判所は、指導員付きの乗馬ハイキングを企画した企業の福利厚生団体に対して、実際に配置された指導員が適正な資格を所持している者かどうかを事前に確認することを怠ったとして、その契約責任を認める判決を下した。企業の福利厚生団体は、その会員に向けて指導員付きの乗馬ハイキングを自ら歌い文句にしていた事実があり、実際に乗馬ハイキングの指導員の資質を確認する責任が認められたのである。
第2に、1983年5月10日の破毀院判決では、乗馬クラブの会長が経験の少ない旅行者に対して馬を貸借し、乗馬初級国家免許を持つ係員を同伴させて乗馬ハイキングに出かけさせたところ、旅行者の1人が落馬して重傷を負った事故が問題となった。特にこの事件では乗馬クラブの会長の契約責任の範囲が争点となった。
フランス債権法の債務関係には、結果債務と手段債務の別がある。結果債務とは、確定された結果そのものの実現を債務関係の目的とし、その結果が実現されない場合に債務者が債務不履行責任を負うものである。これに対して、手段債務とは、結果の実現が債務関係の目的とされず、債務者がその所有する手段を用いて慎重な注意をもって行動することを債務関係の目的とするものである(4)。
そして本件判決では、裁判所は、乗馬クラブ会長が乗馬ハイキングに参加した旅行者である騎手に対して手段債務を原則として負うものであると判決した。つまり、乗馬クラブ会長は、初対面で一時的な参加となる旅行者の乗馬経験を、完全に判断してハイキンググループを編成することはできず、初級とはいえ免許所持者を同伴させ、おとなしい馬を選定しているのであるから、本件について乗馬に関する慎重注意義務(obligation
de prudence et de diligence)を欠いているとは言えないこと、乗馬クラブの会長には騎手が乗馬することよって危険を引き受ける前の、馬の貸借人としての手段債務に関する責任だけを原則負うものであることを裁判所は判示したのである。馬の貸借人の手段債務の内容は、乗馬が危険なスポーツであることから判断すると十分慎重さを要求される重いものであるが、裁判所は、本件における乗馬クラブ会長の手段債務に関わる義務違反を認めず、乗馬に関する騎手の危険引受を認める判決を下したのである。
以上のようにフランスでは、指導者資格の所持義務制度の発達に対応してスポーツ実践に関わる指導契約責任に関する訴訟が生じているのである。また、スポーツ活動を組織する者の契約責任が問われる訴訟があり、例えば馬の貸借を伴う乗馬ハイキングの組織者に対しては原則として結果債務ではなく、手段債務が債務関係として存在することが判例を通して明らかにされているのである。
参考文献
(3) Wagner, E. (1984) Responsabilite civile:Cour d'appel de Paris, 3 fevrier
1983 et Cour de Cassation, 10 mai 1983, Recueil Dalloz Sirey, pp.186-187.
(4) 山口俊夫(1986) フランス債権法,東京大学出版会
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