フィギュアスケート選手アルディ衝突事件判決
神戸大学 発達科学部 助教授
齋藤 健司
1975年にフランスアイススポーツ連盟の登録証所持者であったジャン・ピエール・ロットとアンヌ・アルディは、連盟主催の研修会中にスケートリンクで衝突し、アルディが負傷する事故が起きた。そして、パリ保険連合会社は、フランスアイススポーツ連盟によって申し込まれた強制的なスポーツ保険契約に基づいて、1979年に10160フランをアルディに支払ったのである。しかし、アルディは、この保険金額が少額であることを不服として、ロット、フランスアイススポーツ連盟およびパリ保険連合会社に対して損害賠償請求訴訟を起こした。
そして、第1審のナンテール大審裁判所は、1981年にアルディとの衝突によって生じた損害に対するロットの不法行為責任を認める判決を下したのである。
これに対して、ロット、フランスアイススポーツ連盟およびパリ保険連合会社は、このナンテール大審裁判所の判決を不服として控訴した。すると、1984年にベルサイユ控訴院は、今度はナンテール大審裁判所判決を取り消し、ロットを無罪と判決した。
しかし、ベルサイユ控訴院は、フランスアイススポーツ連盟には会員の活動中の事故によって生じた損害を補償する傷害保険を締結して会員の利益を保護する必要があったが、フィギュアスケートが一般のスポーツから比べて危険なスポーツであることを連盟が認識していたにもかかわらず、連盟は行政当局が無差別的に定めた最低補償基準の保険を締結することで甘んじ、後の経済変動や貨幣価値の下落に応じてこの最低補償基準を見直すことを少しも注意しなかったことは、連盟が責任を有する会員の利益を保護することに関して無思慮と軽率さがあったと判示した。そして、控訴院は、このような連盟の態度こそが、事故後に被害者に対して生じた不利益の原因になったことを認めたのである。さらに、控訴院は、ライセンス保険によって補償される額がいくらであるのかをフランスアイススポーツ連盟がアルディに情報提供する義務を怠っており、連盟は会員に対する助言義務を欠いていたと判示した。その結果、控訴院は、フランスアイススポーツ連盟とパリ保険連合会社に対して、6600フランの損害賠償金を連帯して支払うことを命じたのである。
フランスアイススポーツ連盟とパリ保険連合会社は、控訴院判決の破棄を申し立てたが、破棄院は、1986年に控訴院判決を支持する判決を下した。
参考文献
(1) 齋藤健司、フランススポーツ基本法におけるスポーツ保険制度の形成、スポーツ産業学研究Vol.8, No.2, 1998, pp. 29-38.
(2) J.-C. Breillat, F. Lagarde, J.-P. Karaquillo, Code du sport, Dalloz, 2001.
(3) Cour d'appel de Versaille (1er CH.), 29 juin 1984, Jean-Pierre Lotz c. Federation
francaise des sports de glace (F.F.S.G.), Gazette du palais, 4 avril 1985, p.224.
(4) 齋藤健司、フランスにおけるスポーツ保険に関するスポーツ団体の法的義務について、日本スポーツ産業学会スポーツ法学専門分科会年報第2号、1997,
pp. 24-35.
<次回に続く>
次回は「1984年のスポーツ基本法の制定」について
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