近年のアメリカ合衆国における
スポーツ事故の訴訟と判例の概況
権利の放棄( ウェイバー) を中心として(1)
筑波大学体育科学系教授
諏訪 伸夫
権利の放棄(ウェイバー)について
本連載の第1回目(2000年4月号「危険引受の法理を中心として」)において、レクリェーションやスポーツ傷害訴訟での過失(ネグリジェンス、negligence)に対して、しばしば抗弁される代表的なものとして「危険の引受」「寄与過失」及び「比較過失」があげられているが、これら以外に「政府免責」(00005/00006号参照)や今回これから扱う「権利の放棄」(ウェイバー、waiver)がある。
「ブラック法学辞典」(Black's Law Dictionary)によれば、ウェイバーとは、「自発的な明示(express)もしくは黙示(implied)の法的権利または利益の放棄ないしは遺棄のこと」1)であり、また「英米
法辞典」によれば、「権利放棄」と訳されており、「契約上の請求権、不法行為上の損害賠償請求権、刑事被告人・被疑者の権利等を任意に放棄する」2)ことである。類似の言葉にリリース(release)「自ら有する権利を放棄すること」3)とか、エクスカルパトリー・アグリーメント(exculpatory
agreement)「免責同意」等がある。なお冒頭であげた「危険の引受」は、明示と黙示の二つのタイプに区分され、「明示の危険引受」は、参加者が活動に固有な「危険の引受」を明示して同意する許可書または同意書というような文書形態をとるが、その場合その同意は口頭でも文字で書かれてもよく、後者の場合が多く見られる。「明示の危険引受」は今みてきた「免責同意」と呼ばれることがある。
一般的に、レクリェーションやスポーツ傷害の原因として(スポーツ)活動固有の危険性によるもの、通常の過失(オーディナリィ ネグリジェンス、ordinary
negligence)によるもの、重大な過失や故意等によるものがあげられるが、ウェイバーは、それら3つの中のサービス提供者(service provider)
や従業員(employees)の通常の過失責任からサービス提供者を擁護するものと解せられる。
我が国で、PL法(製造物責任法)が施行された年(平成7年)の新聞に、客がけがをした場合を想定し、店側の免責を盛り込んだ同意書を販売の際に取り付けるスキー用具店が出始め、同意書に署名しない場合はスキーを売らないところもあり、客と免責同意書の署名をめぐってトラブルが起きていることに対して、ある法律の専門家のコメント―我が国の場合は、免責同意書は、民法第90条(公序良俗に反する法律行為は無効)に違反しており、法的効力はなく、業界のPL法への過剰な反応でやり過ぎである、という記事が掲載されていた4)。
アメリカでは、多くのスポーツ関連事業がこのウェイバーを活用しようとしているが、州によりウェイバーの有効性が異なり、従って活用度も相違している。
D.Jコットンによれば、ウェイバーの有効性を認めない州(ルイジアナ、モンタナ、バージニアの3州)、有効性に対する条件が厳格な州(アーカンサス、アリゾナ、カリフォルニア、フロリダ、ケンタッキー、ニュージャージー、ニューヨーク、オレゴン、テキサスなど19州)、有効性に対する条件が中庸な州(コロラド、イリノイ、ハワイ、インディアナ、カンザス、マサチューセッツ、ペンシルバニア、ワシントン、オクラホマ、オハイオなど19州)、有効性に対する条件が寛大な州(アラバマ、ジョージア、アイダホ、メリーランド、ミシガン、サウスカロライナ、テネシーの7州)の4タイプがあり、ウェイバーが全米で少なくともビジネスまたは従業員の過失責任からスポーツビジネスを擁護するために用いられている州が45あるという5)。
R.A.カイザーによれば、ウェイバーないしリリースが無効とされる理由として、
第1に、公序良俗(public policy)に反している場合、
第2に、権利放棄の範囲等が曖昧で特定されない場合、
第3に、未成年者により署名された場合、
第4に、親もしくは保護者による未成年者のための署名がなされた場合。(成人はその子どもの法的権利を放棄することはできない)、
などをあげている6)。
(注)
1) Black's Law Dictionary. 7th ed.,West Publishing Company, 1994,p.1574
2) 田中英夫編集代表「英米法辞典」東京大学出版会、1993年、p.903
3) 田中英夫、前掲書、p.714
4) 朝日新聞、平成7年12月7日付.
5) D.J. Cotton, T.J. Wilde, Sport Law for Sport Managers", Kendall/Hunt
Publishing Company,1997, p.63.
6) R.A. Kaiser, "Liability & Law in Recreation, Parks, & Sports",Prentice
Hall. 1986.
<次回へ続く>