近年のアメリカ合衆国におけるスポーツ事故の訴訟と判例の概況
ボランティアの責任と慈善免責を中心として(2)
=慈善免責について=
諏訪 伸夫
筑波大学体育科学系教授
<前回からの続き>
今回はこのようなボランティアの無報酬かつ善意の行為が法的効果の対象とされ、法的責任についてどのような判断が下されてきたのかを述べてみよう。
慈善免責について
事故等に遭遇した際のボランティアの法的責任を考える上で参考となるものにいわゆる慈善免責説(charitable immunity)があげられる。これは、Y.M.C.A.とかY.W.C.A.をはじめとして、ボーイスカウトやリトルリーグや学校・大学及び病院等といった専ら慈善的、教育的、宗教的もしくは医療目的のために組織された非営利的団体や協会等の活動に適用される説であり、いわゆる善意かつ無償の慈善的奉仕活動により過失があっても、その民事責任を免れる、というものである。
「訴訟爆発」といわれる現象の渦中にあるアメリカ社会におけるこの慈善免責説の推移をみてみると、1942年以前は、2ないし3州を除いてほとんどの州が慈善免責説を取り入れていたものが、1942年のコロンビア地区の「ジョージタウン大学対ヒュー事件」におけるルートリッジ判事(Judge
Rutledge)の判示を転換点として、以後、慈善活動も民事責任有りとの判断が下されるようになり、
1970年代には慈善免責説は、例えばアラバマ州、アーカンサス州、コネチカット州、メイン州、メリーランド州、サウスカロライナ州、及びテネシー州などでみられるものの全体の4分の3がそれを止め、1980年代以降は、ほとんどの州において廃止ないしは限定的な採用となり、わずか数州においてのみみられるというのが現状である。6)
この慈善免責説の根拠には、主に次の4説がある。すなわち、
第1は、公共政策説(publick policy theory)である。
これは要するに、慈善はそもそも公共の利益のためにあるものであるから、慈善行為に責任有りとされた場合は、寄付等に悪い影響を与え、ひいては慈善を圧搾し、公共政策に反する、というも
のである。
第2は信託資金説(trust fund theory)である。これは、慈善団体への寄付者の浄財は、慈善以外の民事訴訟等の支払いに当てるべきではない、とする。
第3は黙示的放棄権説(Implied waiver theory)である。慈善活動の恩恵を蒙る者は、黙示的に損害賠償請求権を放棄している、とする。
第4は慈善組織(charitable institutions)には使用者責任の法理(the doctorine of respondeat superior)は適応されないとするものである。
以下には、慈善免責説が争われ肯定されたケースと否定されたケースをみてみよう。
まず肯定されたケースとしては、ミズーリィ州の教会関連の4年制カレッジの学生ウィリアム・ボダード事件があり、これはW.ボダードが競技場に生石灰でラインを引こうとしたところ、生石灰が目に入り視力障害を負ってしまったので、彼は損害賠償の責任有りとしてカレッジを訴え、本件に慈善免責説は適用されないと主張し、州最高裁まで争ったが、却下された(1971年判決)。7)
また、ニュージャージー州では、野球を屋根無しの観覧席(bleachers)で観戦者が見ていた際に、観覧席が突然崩れて傷害を負ってしまったので、負傷した観戦者が主催者である地方リトルリーグ野球協会に損害賠償の訴えを起こしたが、裁判所は、組織の慈善的活動中という理由で却下した(1976年判決)。8)
否定されたケースとしては、テキサス州でのキャンプ中の事故で、釣りをしていた子どもの重りが他の子どもの目に当たり、失明してしまったので、被害者はキャンプ場の所有者と主催者であるYMCAに損害賠償の訴えを起こしたところ、被告側は、当該活動は非営利事業であり、慈善でやっているもので免責されると主張したが却下された(1971年判決)9)。
また、否定された代表的なものとしては、ジョージア州アトランタのYMCAのプールで子どもが溺れた事件で、裁判所は、プールの監視員に対する人命救助の適切な指示を欠いていたという理由で被
告の主張する慈善免責説は適用されないと判示したケースがある(1963年判決)。10)
注)
6)Bryan A. Gartner (editor in chief), "Blackc's Law Dictionary
(Seventh Edition)", WEST GROUP, 1999, p.753. Schubert G.W., Smith R.K.,
Trentadue J.C., "Sports Law", West Publishing Co., pp.209-210. Betty
van der Smissen, 1990, "leagal liabilty and risk management for public
and private entities", Vol.1.American Publishing Co., pp.210-211.
7)Bodard v. Culver-Stockton College, 471 S.W.2d 253 (Mo.1971)
8)Pomeroy v. Little League Baseball of Collingswood, 142 N.J.Super.471,
362 A.2d 39, (1976).
9)Howle v. Camp Amon Carter, 462 S.W.2d 624, rev'd./remanded
470 S.W.2d 629 (Tex.1971)
10)Young Men's Christian Association of Metropolitan Atlanta
v. Bailey, 107 Ga.App. 417, 130 S.E. 2d 242 (1963)
<次回に続く> |