近年のアメリカ合衆国における
スポーツ事故の訴訟と判例の概況
=政府免責説を中心として(1)=
諏訪 伸夫
筑波大学体育科学系教授
政府免責の原則
このWorld Watching第00001号にも述べたように、スポーツ事故も含めて、一般的に事故が発生し、事故の損害賠償責任をめぐって訴訟等により、被害者(原告)が加害者(被告)の過失(ネグリジェンス)を問う場合の要点の一つに、加害者たる被告に抗弁(defenses)となるような事由の主張・立証がないこと、すなわち抗弁の不存在があげられる。
カイザー(R. A. Kaiser)やチャンピオン(W. T.Champion, JR.)によれば、レクリェーションやスポーツ傷害訴訟で過失(ネグリジェンス)に対して、しばしば抗弁されるものとして、「危険の引受」(ssumptipn
of risk)をはじめとして「寄与過失」(contributory negligence)、比較過失」(comparative negligence)、「消滅時効」(statute
of limitation)、「権利の放棄」(waiver/release)等に加えて、本号で扱う「政府免責」(governmental immunity)
が挙げられている。1)
英米法辞典によれば、政府免責とは、「コモン・ローでは同意しないかぎり、政府は不法行為で訴訟の被告とならない。このため連邦、州、地方の政府が享受する免責」のことであり、「現在では、連邦、州とも法律によって一定範囲でこれを放棄している。」「連邦議会は、1946年に連邦不法行為請求法(Federal
Tort Claims Act)を制定して、公務員が職務範囲内で活動中に、過失ないし不法な作為・不作為によって他人に人身被害、財産損害を与えた場合には、被害者から合衆国政府に対する損害賠償請求を認め、合衆国地方裁判所にこれらの請求を審理する管轄権を与えた。
ただし、公務員が法律、規則に基づいて相当の注意を払ってなした行為、あるいは不法行為(脅迫、不法監禁、口頭による名誉毀損)、さらに厳格責任を生じる不法行為については賠償責任を負わない。2)」とされている。
アメリカにおいて前記の連邦不法行為請求法制定以前は、国家の公権力行使に基づく不法行為に対しては、一切の責任を負わないという国家無答責の原則が支配的であった。この国家無答責の原則の法的根拠は、16世紀の英国におけるいわゆる「国王は悪を為し得ず」(The
Crown can do no wrong.)という法理論が継受されてきたものであり、各州においてもそれぞれの州の事情により、国家無答責の原則と同様な政府免責の原則を採用し、連邦政府と同様、不法行為請求法等のような制定法や裁判所の判決によってこの原則を否定しない州においては、州の公共的作用による不法行為に対しては、州は不法行為責任を負わない。3)
したがって、行政機関としての州政府、学区(school district)や教育委員会(school board)、さらに学校は免責されるが、それら機関の教職員自身は過失責任を負わなければとならないというのが従来の判例の大勢であった。政府免責の原則の法的根拠については一般的には、次のように説明されている。
第一に、主権に対抗すべき権利は存在し得ず、その権利そのものは実に法によって律せられるからであり、
第二に、不法行為を為した公務員は彼の権限外の行為をしたのであり、
第三に、公費は公共の用途に供せられるべきものであって個人的補償に利用されるべきではない。4)
他方、政府免責に対して、傷害の費用(治療費)が一人や少数の人達が負うのは間違いであり、多数の人達によって分担されるべきであり、政府が賠償に対して責任がないということで人々の生活を破壊したり、損害を与えることは矛盾しているなどの批判がなされている。5)
政府免責の具体的事例としては「ビンガム事件」(1950年判決)が挙げられる。6) 本事例は、学校の運動場で三輪車に乗っていた3歳の女児が、運動場に残っていた燃えかすの中に落ちて、ひどいやけどをしたことで、やけどを負った子供の親が損害賠償請求の訴訟を起こしたものである。なお、その学校では、くずを燃やす焼却炉が運動場に接しており、ときどき、燃えかすや灰が隣接地帯に散在していた。この訴えに対し、裁判所は、学区が責任を負うものではないという判決を下した。
また、政府免責を認容しつつ、公務員の個人責任を問うた判例としては、「ラヴァレー事件」(1947年判決)が挙げられる。
この事件は、ニューヨーク市の体育教師の許可の下、ボクシングの充分な基礎教育を受けていない二人の少年が2ラウンドの試合をしたところ、少年のうちの一人が怪我を負ったもので、試合の時、教
師は観客席に座っていた。裁判所は次のように体育教師に個人的賠償責任有りと判示した。すなわち、「怪我を防ぐ為に適切な注意を与えるのは教師の注意義務である。生徒は危険で冒険的な運動に参加を許可される場合には事前に警告されるべきである。熟達したボクサーでも時には怪我をすることもある。したがってもし証拠に示されている様な状況で試合が行われ、激しく打ち合うことが許可されるならば、この少年達は前もって防御の方法を指導されていなければならなかったのてある。
証言から教師はこの点において彼の義務を果たさなかった。このことは教師の過失であり、原告は補償を与えられるべきである。7)」
一方、判例によってはそれら州の機関の公務員に対する訴えと同視できるような場合には、州公務員に対する訴えにも州の主権免責が及ぶと説くものもあった。8)
<次回に続く>
(注)
1) R.A.Kaiser,“ Liability & Law in Recreation, Parks, & Sports",Prentice-Hall,
1986, p.65. 及びWalter T. Champion, JR., “SPORTS LAW",West Publishing Company,
1993年、pp.156-185. などを参照。
2)田中英夫編集代表「英米法辞典」東京大学出版会、1993年、p.386 及びp.340.
3),4),5)Lavalley v. Stanford, 272 AppDiv. 183, 70 NYS(2d) 460 (1947). 伊藤 堯「アメリカの学校事故に関する判例の動向」『学習権実現の今日的課題』日本教育法学会年報第6号、1977年、pp.178−179.
6)伊藤 堯訳「保健・体育プログラムの管理」道和書院、C.A.Bucher,“Administrati on of health and physical
education programs includings athletics", The C.V. Mosby Company,1975年,
p.347.「ビンガム事件」(Bingam v. Board of Education, 118 Utah 582, 223 P. 2d432 <1950>.)
7)伊藤 堯前掲書、p.179.
8)植村栄治「米国公務員の個人責任」有斐閣、1991年、p.71. 判例としては、例えば、州港湾委員会事件( State Docks Commission
v. Barnes, 225 Ala. 403,143 So.581 <1932>)等がある。
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