危険通告を無視して強行した
中学校野外キャンプの死亡事故
コラムニスト 平光 正則
2001年6月6日の夕刊各紙で次のような一報が飛び込んできた。
「6日午前10時35分ごろ、岐阜県板取村川浦の“不動の滝”に来ていた愛知県春日井市立西部中学校の一行から“落石で男子生徒2人がけがをした”と中濃消防組合に119番通報があった。岐阜県警関署によると、2年生の田中護君(13)=同市如意中町5丁目=が頭を打ち、板取診療所に搬送途中に死亡した。同校によると、さらに2年生の大崎祐介君(13)=同市高山町4丁目=ら5人がけがを負ったという。
春日井市教育委員会によると、同中では、2年生286人が5日から7日までの2泊3日で、同村の新板取キャンプ場に野外活動に出かけていた。
板取村によると、落下現場は断がい絶壁に沿った林道。幅4メートルほどの路上に直径数10センチほどの大きさの石が20〜30個散乱していたという」(6月6日付 朝日新聞夕刊)
ところが「同校と板取村森林組合が前日の5日、雨だった場合は滑落の危険がある6日の屋外での活動を中止することを申し合わせていたことが分かった。しかし、学校側は6日、雨天にもかかわらず、
自らの判断で林道をハイキングしていたという。同校の富田秀数校長は“安全への認識が甘かった”と判断の甘さを認めた。
同組合は、同校から登山など野外活動の案内をするよう頼まれていた。5日には、急ながけが多いから“屋外コースは雨なら中止する”と伝えたという。
雨は6日になってもやまなかったため、同日午前6時半ごろ、改めて電話で“屋外活動は全て中止します”と学校側に伝えたという。その際、学校側は“それでは、できるのは屋内の活動だけですね”と話し、草木染やそば打ちなど、屋内で指導してもらう活動内容を組合に確認したという。
雨が降れば地面が滑って危険なため、組合はどこの学校を案内する時でも、降雨時の野外活動は中止しているという。
組合の長屋公久総務課長は“ハイキングも中止になったと思っていた”と話している。
一方、“中止”の連絡を受けた学校側は、教師たちが集まって野外活動について協議したが、“せっかくだから屋外活動を体験させたい”との意見が多く、危険性についての話は出なかったという。
学校側は急きょコースを短くして、宿泊先のキャンプ場と約3キロ離れた滝を往復するハイキングを実施、田中君ら生徒106人と教諭ら5人の計111人が雨の中を歩いた。
富田校長は“ハイキングに使った道は平たんで舗装されている。自動車も通れる道だった。しかし、安全への認識が甘かったのは否めない”と話した。
6日の午後の岐阜県警の現場検証や板取村役場の調査の結果、東側斜面の最上部から岩盤がはく離して落石が起きたとみられることが分かった」(2000年6月7日付朝日新聞、東京新聞朝刊)
以上の新聞報道をみる限りでは、中学校校長が報道陣に放った“安全の認識が甘かった”という考え方は、認識の甘さというよりは、常識を打ち破る暴走ではなかっただろうか。
まず、
(1)何よりも自然に対する認識がゼロに等しいといわれても致し方ない。季節ごとにやってくる秋の台風シーズンの被害状況を見ても、自然の力の恐ろしさがわかるものである。小・中学校の教室でも、教師が子ども達に普段、身の回りの出来事として指導しているところである。例えば、川に渡っている橋が、上流の豪雨で増水し、あっという間に濁流となって押し流される瞬間は、テレビや写真等を通して、子供の頃からのその光景が目に焼きついているところである。また、両親から教師から、地域の先人から自然の力の恐ろしさを、日頃の生活の中で知るところである。
(2)日頃からチェックしてきた緊急時対応のマニュアルは、完全に生かされたのだろうか。現場の状況と学校への留守部隊の間で、冷静に各項目のチェックは一つ一つ行われたのだろうか。一つで
もひっかかるところはなかったのだろうか。疑問でならない。
(3)中学校では、地元の森林組合と事前に打ち合わせた通り“雨のため中止”の筈が、なぜ、強行されたのか。地元の人たちが“雨の場合は危険であると事前に通告していた筈なのに、なぜ、危険
の中に子ども達を引率したのかが理解できない。その危険を冒してでも決行しなければならなかったのか。その危険を覆すものが何であったのか、新聞報道の行間からは読み取ることができない。
何れにしても、引率教諭も含めて、なぜ、“勇気ある撤退(事前打ち合わせ通り屋内行事への変更)”ができなかったのか。生命を預かる指導者に求められているのは、冷静な判断“勇気ある撤退”ではなかろうか。心すべきである。それだけに惜しまれる事故であったといえよう。
*参考資料/朝日、読売、東京等の各紙より引用。
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