学校山岳部員の登山中の
遭難事故をめぐる裁判にみる(1)
コラムニスト 平光 正則
「学校行事としての登山引率者には、安全確保、遭難防止について、一般の登山の場合よりもいっそう慎重な配慮が要求される」
これは、52 年3 月末、長野県の中央アルプス・木曽駒ヶ岳で、春山登山中の東京都立航空工業高等専門学校の山岳部パーティー10 人が雪崩に巻き込まれ、生徒6
人とOB1 人が死亡した遭難事故で、死亡した一生徒の両親が、「遭難は引率していた教師が下山時期やルートの選択などを誤ったために起きた」として、国家賠償法に基づき東京都に対して8,000
万円の損害賠償を求めた裁判の控訴審判決が、昭和61 年12 月17 日、東京高裁民事三部であり、森綱郎裁判長が指摘したもの。
さらに「引率教師が山小屋を出て雪崩の危険のあるルートを下山したことは、指導者の安全確保義務に違反する」と引率教師の過失を認めたうえ、都の責任を否定した一審判決を取り消し、都に総額6,488
万円の支払いを命じる逆転判決を言い渡した。この判決に対し東京都は上告したが、平成2 年3 月23 日、最高裁は上告棄却の判決をした。
山岳遭難をめぐる裁判で、引率者の民事責任が争われて認められたケースとしては、静岡県社会人体育文化協会のパーティーのメンバーが53 年4 月に八ヶ岳で遭難した事故があるが、学校の課外活動登山で引率教師の過失が認められたのは、これが初めてであった。
そこで、逗子開成高校山岳部の遭難事故をめぐる損害賠償訴訟が和解に至った経緯を含め、解明する一つの材料として、東京女子体育大学名誉教授・伊藤堯著「ケーススタディ〜スポーツアクシデント」の事例の中から上記の東京都立工業高等専門学校山岳部の春山合宿訓練中の雪崩による死亡事故と、OB
の助言を受けて実施した京都府立高校山岳部員のみの登山事故死をとり上げ、今後の学校山岳部に係る関係者の参考に供し、二度と同じ過ちを犯すことのないよう祈りたい。
春山合宿訓練中の雪崩による死亡事故にみる引率者の注意義務
まず、木曽駒ヶ岳の都立航空高専山岳部の遭難事故をめぐる裁判で、国家賠償法に基づく損害賠償を東京都に命じる逆転判決があったが、その判決の内容を
みてみると、
一.学校行事としての登山引率者の注意義務について
「登山パーティーのリーダーが、パーティーの安全を確保すべき注意義務のあることはいうまでもないが、特に学校行事として行われる高等学校あるいは高等専門学校生徒の登山については、文部省体育局長あるいは東京都教育長から再三にわたってその安全確保、遭難防止についての通知、通達がなされており、その安全の確保については、一般の登山よりも一層慎重な配慮が要求されるというべきである」
一.雪崩に対する注意義務について
「雪崩は、傾斜30 度ないし50 度の樹木のない場所、沢筋及び沢を登りつめた山腹部分、稜線下の風下の吹きだまり部分などにおいて、特にクラストした(硬くなった)雪の上に新雪が積もっている場合、降雪直後の新雪の不安定な時期、日中の気温上昇時などに発生しやすく、また強風による風圧、雪庇(せっぴ)の落下、雪斜面の横断ラッセルなどの外部要因によっても雪崩が誘発される危険がある。
したがって、このような危険地帯には近づかないようにし、やむを得ずこのような危険地帯に近付く場合には、雪質、雪の安定度、クラックや吹きだまりの存在などに細心の注意を払い、斜面の横断ラッセルは厳に慎み、万一、このような場所を横断する場合には、10
ないし15 メートルの間隔を開けて、一人ないし二人ずつトラバースすべきである」
一.引率教員等の過失について
○本件ルート選択に誤りについて
「本件事故現場付近は、雪崩の危険地帯であり、本件事故当日は、夜半から吹雪が続いていたため、雪質が不安定である上に、クラストした雪上に新雪が積もり、また、本件事故現場は、稜線の風下に当っていたところから、雪の吹きだまりが生じるなど、雪崩の発生しやすい状態にあった。
従って、引率教師等は、特別の理由がない以上、本件ルートに立ち入ることを避け、西駒山荘に停滞せず、雪崩の危険のあるルートを強行下山したことは、パーティーの引率・指導者として負っていた安全確保義務に違反するものである」
○本件ルートの通過方法の誤りについて
「また、仮に本件ルートを下山する場合であっても、引率教師等としては、生徒等に対し、事前に雪崩に対する注意を与えるとともに、パーティーの先頭あるいは、これに準じた位置に立ち、常に雪質(クラックの存在)や雪の吹きだまり及び沢筋、沢のくぼみなどの危険個所の存在に細心の注意を払い、沢のつめ部など、雪崩の危険の高い個所を横断する場合には、ラッセルを中止し、一人一人の間隔を開けて、身体をザイルで確保しながら横断すべきであった。
しかるに、引率教師等は、かかる注意義務を尽くさず、漫然とラッセル進行を継続し、雪崩の危険の大きい本件事故現場に突入し、本件雪崩を誘発させたのであるから、引率教師等には、雪崩に対する注意義務を欠いた過失があるというべきである」
引率・指導者としての安全確保義務
以上のように判決当時の日刊新聞各紙は、判決要旨を伝えているが、さらに付言すれば、「現場付近は雪崩の危険地帯で、悪天候のため雪崩の発生しやすい状態だったのだから、引率教師は特別の理由がない以上、本件ルートに立ち入ることを避け、山小屋にとどまって風が弱まるのを待ち、安全なコースを下山すべきだった」と、二人の引率教師の過失責任について、引率・指導者としての安全確保義務を厳しく認定している。
一方、東京都側が下山の正当性のよりどころとされた「食料も少なく、山小屋での停滞は、生徒の不安感を高める」との主張については、「危険なルートを強行突破しなければつまり、本件パーティーの食料・燃料は、ともに4
月2 日分まで確保されていたこと(節約して、さらに引き延ばすことも可能)及び西駒山荘は停滞する場所として安全な場所であり、パーティー全員が健康であり、士気も旺盛であったことが認められ、本件パーティーの人員、構成に照らすと、西駒山荘に停滞することによって、被控訴人(被告)主張のようなパニック状態が発生するものとは認められず、仮に被控訴人主張のような不安のある者がいたとしても、その者を安全に保護しながら下山することが可能であるから、このような理由によって、あえて危険なルートを強行突破しなければならない理由とすることはできない。
<次回に続く>
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