アスレティックトレーナー
高校部活動の現場から
Part9:バーンアウト続き
米国NATA公認アスレティックトレーナー
八田 倫子
<スポーツが好きでいられるか>
競技では勝つことを常に要求されるが、もっと広義の「スポーツ」は本来楽しいものであるはずだ。しかし、学校の部活動風景を見ていると、時々それに従事している学生が生き生きと楽しそうにしているどころか、痛々しく見えることがある。一定のレベル以上になると、部活といえどももはやお遊びではなく、技を競う部類に入るのだから仕方がないのかもしれないが、ビッシリ詰まった練習スケジュールをこなしていくうちに故障したり、精神的に病んだりする選手が現れる。彼らはレギュラーの座を奪われる脅威や、指導者から叱られることが怖くて身体の不調を隠したりもする。
スポーツ環境でのセキュリティーホールは、施設整備や点検の不備、安全管理を司るスタッフの不足で浮かび上がってくることが多いが、「選手の安全」は別の要因でも脅かされる。たとえば、ミスをしたり、気持ちの入っていないプレイをしたりして、指導者から暴力を振るわれるケースである。昨夏、ある体育館で中学校の先生が指導中に女子選手を蹴り飛ばした後、髪の毛を掴んで引きずり回していたのを見て仰天した。しかし、周りにいた他チームの指導者は特に気に留める様子でもなかった。異様な光景である。ケガで試合にでていない選手の本当の理由が、実は練習中に指導者から受けた体罰が原因だったと聞くこともある。
アジアのなかで強大なスポーツ先進国である中国では、選手に手をあげたことがわかると指導者は即クビだと、先日お会いした中国出身のナショナルチームのあるコーチがおっしゃっていた。アメリカも同様である。しかし、日本では縦の力関係が物理的に働くことは日常茶飯事で、指導者にとっては体罰もそのスポーツや選手たちへの愛情溢れる指導法の一手段とされる。誤解のないよう申し上げておくが、指導者が怒ることに反対している訳では決してない。筆者の周りに、本当に情熱をもって選手を叱れる素晴らしい指導者を何人も存じ上げる。ただ、指導者の表現方法が本人の意図と違う風に解釈されると、選手はその度に少しずつ指導者への信頼を失い、そしてその競技への愛情を失ってゆく。最初はみな純粋に好きで始めたであろうスポーツを、こういった環境のなかでプレイしているうちにいつしか嫌いになり、一生その種目に関わりたくないとさえ思い始めるのである。指導者の影響力は絶大なのだ。
<次回に続く:最後に> |