はじめの一躍2/11

第00023号
2003年6月5日 更新

はじめの一躍
〜井の中の蛙、大海で学ぶ〜

三段跳び日本歴代3位タイ記録保持者

井原 福代

Episode 2 【期待と好奇心】

 私が陸上競技を始めたのは小学生の時である。これといって何のとりえもないおとなしい小学生だった。ただ、勉強ではどんなに頑張っても1番にはなれないのに、運動会のかけっこではそれほど頑張らずに1番になれたような気がする。走ることや跳ぶことにそれほど興味はなかったけれど、秋に行われる県レベルの陸上記録会には友達に誘われるままに毎年出場していた。何気なく出場していたその大会だったが、この大会が陸上競技を始めるきっかけとなった。勧誘の為に試合を見に来ていた明善高校(現在の英名高校)の監督である真部監督の目にとまったのである。明善高校は全国的にも有名な陸上の名門校だった。『陸上競技で日本一になりたくないか?』と誘ってもらったが、日本一になんかなれる訳がないと思っていた。勧誘を受けた時は人ごとのようにしか思っていなかったが、その一方では今までとは違う生活が始まるであろうという期待と好奇心に少しずつ陸上競技を本格的に始めたいという気持ちも現れはじめていた。市外から1時間近くもかけて通う私立中学への入学を、家族をはじめ周囲は猛反対した。私は、好奇心と希望を胸に必死に周囲を説得した。私の説得に負けてしぶしぶ入学を認めてくれた家族だったが、陸上競技を始めてからは何をするにも陸上中心に精一杯協力してくれた。
無事明善中学に入学してからは、毎日、朝練習・授業・放課後の本練習の繰り返しだった。それから高校を卒業するまでの6年間は、チームメイトと切磋琢磨しながら本当に陸上一筋の生活を送った。とにかく全国大会に出場したい、強くなりたいという気持ちで毎日練習に励んだ。明善学園での6年間は、本当に順調で中学3年生からは全日本中学・インターハイ・全日本ジュニア等、全国タイトルを獲得する機会も何度かあった。
明善学園での6年間を終えた私は、中央大学に進んだ。中央大学陸上競技部は歴史の長い伝統のある部だ。噂には聞いていたが、部員全員での寮生活、上下関係の厳しさ等、今までとは比べものにならない程厳しい生活が待っていた。それでも、自分なりに大学生活を楽しんだ4年間だったと思う。大学時代は、OB・OGの助けが大きく月に何度か仕事の傍らでボランティア的な指導してもらっていた。周囲の方々のおかげで、私は大学3年生からは三段跳びでは大学生には負けなしという成績を残すことができた。しかし私の記録の伸びは決して華やかなものではなく、順調というより平凡だった。大学生には負けないものの、日本レベルでは万年2位という成績に嫌気がさしていた。三段とびの第一人者である現日本記録保持者との差は大きく、私が何らかの方法で自分の殻を破らない限り勝てる相手ではなかった。

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