陸上人生 心の糧(8)

第00011号
2002年10月17日 更新

陸上人生 心の糧(8)
バルセロナオリンピック

旭化成工業株式会社 陸上競技部コーチ
(財)日本陸連 ナショナルチームコーチ

谷 口 浩 美




97年6月シドニー
男子マラソンナショナルチーム合宿

そしてオリンピックのスタートラインに立つ時がやってきました。色々な事があったにせよいよいよスタートです。ここにいるということは、自分同様にみんながベストと言うことです。スタートから暑く我にもチャンスありでした。ハーフまで走り通すと給水所、自分では余裕でボトルを取れる位置にいたので、難無くボトルを握ったと思ったその瞬間左足が上がらず、後ろから押されて倒れるまで何があったんだろうと他人事のようでした。でも、飛んでいるのは自分、危ないと思いながらケガをしないように転ぶしかない。これからどうしようか!裸足のまま走ろうか!路面が固いと言うことでシューズを厚くしてきたし靴を履きに返ろう。幸いにも靴の落ちている場所は記憶に残っている。立ち上がり靴を履き直して、いざレース復帰。先頭とは差はあるものの追いかけなければいけない。出来ればペースアップしないで欲しい。一瞬に走馬燈のように時間が流れたようである!このときレースを止めようと言う気持ちは全くありませんでした。止めることよりこれから自分はどうして行くのかを考えることの方が大事でした。今後のレース展開は?などと一瞬のうちに頭にひらめいたのは、オリンピックという大会が私を集中させてくれたのかも知れません。(これが、オリンピックでなければ止めているかも知れません)

それから競技場までは、一人抜く毎に、あと何人あと何人と順番を数えながら走っていました。競技場に入る前は7位でしたが、トンネルを抜けると8位になっていました。同時に競技場でのゴール地点に目をやると先頭がゴール。勿体なかった、1位のランナーとは400mだけの差かと思いました。また、森下広一がいない。負けたのかとの思い。そんな事を考えながらゴールまで夢中で走りました。
ゴールと同時にインタビュー。森下も中山さんもドーピングチェックで不在。日本人は私だけでインタビュー「こけちゃいました!途中で。これも運ですね、精一杯やりました!ありがとうございました」と言ってのけた。


92年8月
バルセロナオリンピック帰国前
バルセロナ空港にて
女子バレー大林選手と



私自身は昨年世界選手権で優勝だったのに、8位かと言う思いがあって、言い訳じみた言葉だったと思います。ところが皆さんには、テレビのスロー再生で転んだ所を見られていた。こればかりは、日本に帰国するまで何にも知りませんでした。通常はマラソンレース実況中に再生テープが流れることはまずありません。私にはこれが幸いし、谷口は転んでも誰のせいにもしない。なんていいやつだ! との評価を頂きました。私もビックリ!!

ここ最近の、指導する立場から見てみますと、最近の若い選手は科学的に効率よく強くなりたいと言う願望が非常に強く感じられます。また、選手によっては、数字・数値に過敏になりすぎて、体調が良くても数値が低いと不調ですと訴えてくるようなこともしばしばです。ですから自分自身の感性をもう少し高める事が必要だと思います。この事が、練習、試合で活きてくるはずです。身体で覚えると言うことでしょうか。


97年9月
ニュージーランド、ワンガヌイ 
男子ナショナルチーム合宿

ナショナルチームになりますと、目的意識の高い選手の集まりですので、指導しやすいのと、自分の身体について非常に繊細に観察しております。ですから、試合になると大きなムラがなく安定した結果を残せていると思います。強くなるためには練習が出来ることです。しかし、オーバーワークになると練習効率も悪くなりますので、加減が必要ですがこれも紙一重の状態(強くなるのも、故障するのも)で故障・ケガを恐れていては、強くなりませんので、身体についての状況を常に把握しておくことが必要になります。そのためには、規則正しい生活をすること、後は、精一杯の練習。指導者と選手がいかに連絡を密に取るかとか、お互いが強くなろう、強くしようと言う意識が如何に高いかにあると思います。


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