陸上人生 心の糧(6)

第00009号
2002年9月30日 更新

陸上人生 心の糧(6)
日本代表選手として

旭化成工業株式会社 陸上競技部コーチ
(財)日本陸連 ナショナルチームコーチ

谷 口 浩 美

 

今回はマラソンの日本代表選手に成った頃のことについて書かせて頂きます。


アジア大会での
日の丸のユニフォーム

初めての日本代表選手。1986年アジア大会の正式ユニフォーム

日本代表選手選考会は、マラソン2回目の1985年12月福岡国際マラソンでの2時間10分01秒で2位でした。3回目は1986年2月東京国際マラソンでの2時間11分42秒7位が認められて、86年10月ソウルアジア大会のマラソン代表に選ばれました。いよいよ日本代表選手です。(財)日本陸連からナンバー入りのジャージを貰うと、選手の通し番号が146番だったと思います。日本のトップのユニフォームが着れることになったのです。嬉しかったですね!現在は、色々な大会が頻繁に開かれるようになって陸連から頂く、日本代表選手のユニフォームを誰でも着ていて、私の中での価値観が下がってしまいました。残念です。


1986年10月5日 アジア大会
中山さんと競技場をスタートして間もなくです!

日本代表選手になると、いつもテレビ・専門雑誌などでしか見ることのできない人がたくさん自分の目の前にいるわけです。緊張するなと言われても緊張してしまいます。
日本代表とは、場違いな所に自分がいるのだなーと感じました。でも、変わらないのが、マラソンを走ると言うことです。大会は、全種目の最終日に設定されてあり、何の種目が金メダルを取った。やれ銀メダル、銅メダルと大会は盛り上がっているわけです。最後の出場となる私は、みなさんからの期待に押しつぶされそうな感じで、スタート時間を待たなければなりませんでした。でも、私にはこのプレッシャーをはねのけることが出来る二つのポイントがありました。

一つは、マラソン日本代表2名の選手の中で、期待は2番目と言うこと。3回目に走った東京国際マラソンでマラソンを甘く見ていたが為に、自分の中で失敗してしまったこと。この二点が私自身を楽にしてくれました。本番は、スタートから中山さんとのマッチレース。大会前日に給水ボトルを作っていると、5キロ地点の給水はいらないよと言われ作らなかったら、中山さんはしっかり作っており、大会当日もスタート時点から暑くて、5キロ通過とともに失敗したと思いました。

もう一つは、35キロ地点での給水では、自分の提出したボトルがありませんでした。おかしいなあと思いながら通過していると100m程過ぎた道路に落ちていました。中山さんが自分のと間違えて取ってしまったのでしょう!この大会以後は、給水の準備と取り方には十分注意するようになりましたと言いますのも、中山さんは普段メガネをかけておられるのですが、レース中ははずされていますので、給水地点でのボトルが良く見えないのではと考えました。ですからこれ以後のレース、中山さんと走るときは必ず、給水ポイントでは当たり前に給水が取れないと覚悟して走っていました。その心がけが良かったのか、ボトルが机の下に落ち道路に転がっているのを拾ったり、机の上に倒れ、横になっているボトルを取ることは当たり前になりました。どうしても、給水ポイントでは、走って行く方向に中山さんのボトルが最初、私のが二番目に並んでいますので、しかたないのでしょうか?


1986年10月5日 アジア大会 
一人旅 マラソン残り2kmくらい。
2時間10分が切れると思いスパートするが、結果は2時間10分8秒でした。

また、海外での大会は食事が大変でした。ソウルは(みなさんご存じの通りキムチが代表的ですが)アジアと言うことで余り不自由は感じませんでしたが、ヨーロッパでは、食生活も少々違いますし、朝食などはパンにチーズ、コーヒーだけという所もあり、少なさにビックリさせられたり、そのうえパンが酸っぱかったりで食事に慣れるのが大変でした。
しかし、力を出すためには、食べなければなりません。あるものを食べて力を出す。これは、好き嫌いを無くし、何でも食べれるようになれる修業になりました。また食事の問題以外では、海外への移動と言うことです。日本を出発して機内で12時間ほど過ごさなければいけません。機内の室温は保たれていますが乾燥していますので、寒かったりして風邪を引きやすかったり、食事が機内だけで3回出ますので、トイレ以外に動くことは無く、食べてばかりで、現地に到着したときは、体重が2〜3キロ重くなったりしていて、急遽練習量を増やさなくてはならないとか思わぬ問題が出て来ました。

このような経験が、一つずつ着実に自分の経験となり次回へと繋がりました。次回からの日本代表も大変な事ではありましたが、日本代表よりも、マラソン42.195キロをいかにまとめて走るかと言う考え方で望んできました。その結果、日本代表としての雰囲気を味わい、その中で成績を残して行くことが出来る様に順応したようでした。


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