陸上人生 心の糧(2)

第00005号
2002年8月16日 更新

陸上人生 心の糧(2)

旭化成工業株式会社 陸上競技部コーチ
(財)日本陸連 ナショナルチームコーチ

谷口 浩美



 高校時代は、本格的に陸上、長距離を始めたと言うよりも、長距離の基礎を教えて貰った時期になります。この3年間の中に、長距離の難しさと辛さを数多く体験することになります。昭和51年7月6日、5000mのタイムトライアルの後、300mのグランド30周の残り5周とともにスピードアップして残り150mのところまで逃げていたのですが、2年3年の先輩5人にアッと言う間に追い抜かれて6位でゴールしました。すると監督が飛んできて、「いつもお前はラストが弱い。ゴール近くになるにつれてかんばらなければいけないのにお前は逆だ!」と言われ、300mを50秒切るまで追加練習を命じられました。再スタート、しかし、精一杯走りきっているものだから、身体は動かず、1回のトライでその場に座り込んでしまいました。そうすると、監督が来て襟首を捕まえ、「まだ50秒は切っていない、もう一回」と言われ、私は「これ以上やったら死んでしまいます」と言ってごねていました。その時、キャプテンが「一緒に走ってやるから頑張れ」と言ってくれたのですが、その結果50秒を切れたかどうかは、記憶に残っていません。この時ほどきつい思いをしながら走った練習は、今現在まで経験したことがない様に思いますし、きつい苦しい記憶だけは、自分の身体に染みついています。当時のことを思い起こすと、もっと頑張らなければと思うことが多々あります。

 高校時代の故障は、シンスプリント(骨膜炎)が初めての故障でした。中学校までは何が何だか分からないまま、ただガムシャラに走っていましたが、頑張ればそれだけのアフターケアもしなければならない事を初めて知りました。高校に入ってからは同じ事の繰り返しを何度も何回もしなければならないことに練習の厳しさを感じていました。また、長距離選手とは、規則正しい生活をしなければならない。食事にしてもバランス良く摂る。良く噛んで食べる。ジュース等は飲まない。牛乳だけにする。間食は摂らない。などと走ること以外にも事細かな注意が必要でした。それが出来なければ練習、大会での結果につながらないと言われ随分と注意され又怒られることも、しばしばありました。

 高校時代で大変だった事は、貧血でした。先生の言われる通り練習して、普通の生活をしているつもりでも気付かないうちに貧血になっていました。いくら練習で頑張ろうとしても、50mも走れば、手足がしびれてくるということが度々ありました。[現在でも貧血は長距離選手にとって重大なデッドポイントとなっています。]当時は、試合間近になってから貧血気味の時は、決まって良い成績を上げることができませんでした。練習の追いこみ過ぎなどの理由は自分自身では、なかなか判断つきません。しかし、幸いなことにチームドクターがいましたので、毎日貧血の薬と注射を打つことで練習に参加できました。貧血については高校3年間いつも悩ませられた出来事です。

 もう一つは、練習では勝つことができても、大会に行くと勝てない。県内の試合であれば余裕を持って勝負できるのですが、他県に行くと緊張するのか、レース展開と勝負感に乏しくなります。いつも高校代表に選ばれはするものの、負けて帰ってきては何時間も説教される日々でした。ところがある日突然に、スピードの切替えの練習中にうまく身体が切り替わり、自分の思うようにコントロール出来るようになり、ここから大きく自分が変わっていきました。今思い出してみても本当に不思議な思いがします。

 高校長距離の世界では、全国高校駅伝大会が一番大きな又重要なメインの大会であり、現在でも非常に人気の高い大会になっていますが、私たちにとっても当然この駅伝がその年の全ての結果を左右する大会でした。この大会を中心に一年が回っていたといっても過言ではないと思います。1年生の時は、県大会、九州大会と順調に走れ、全国大会も、と言う勢いでした。しかし、私自身の身体は疲労困憊、頑張ろうとしてもなかなか思うように身体が動いてくれません。ましてや、全国大会ともなると初めての経験で舞い上がってしまい自分が何をしているのかわかりませんでした。ウォーミングアップもフラ〜フラ〜で、前走者のタスキを貰って走っても、前を走る選手からは離され、後続の選手からは追い上げられ、まったくいいところなしでした。終了してからの慰労会では、監督に「谷口の凡走が無ければ優勝出来たのに」と報告会で言われ、またもや悔し涙を流しました。と同時にその時、母親がハンカチ片手に泣いていたことは現在でも脳裏に焼きついて離れず、よく覚えています。この時の屈辱が現在の私を育ててくれた要因にもなっています。

 以上のような事の繰り返しで、長距離がどんなものなのかと言う基本を教えられました。この教えられた事が、私の陸上競技に大いに役立っていますし、走れない自分にフィードバックさせ、スランプと言う言葉を知ることもなく競技に打ち込めたと思います。壁にぶつかった時には何事も基本に返れと言われますが、その基本をどこに持っているかが、自分を育てる、あるいは自分が育とうとする力になると思います。   

 <次回へ続く>


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