大学の正課としての
臨海水泳実習中の溺死事故

 

水泳未熟者への指導の責任は大学生も中学生も同じ

▼ 事故と裁判の概要

   本件水泳実習は、主として教育学部学生に対し、将来教員として基本的資質となる水泳能力および指導法、管理法、救助法、医事法などを身につけさせることを目的として、履修者には3分の1単位が付与される正課の実習として、昭和45年8月4日、富山県氷見市海岸で実施されたが、これに参加した教育学部2年生Aが実習中に溺れ、死亡した。
 両親は、事故は大学の指導上の過失によるものであるとして、国立大学の設置者である国に対して、国家賠償法第1条により損害賠償を請求したが、第一審の富山地方裁判所は、教官に過失はなかったとして請求を棄却した。これに対し、名古屋高裁金沢支部は原判決を取り消し、教官の過失を認定し、両親に対して損害賠償の支払いを命じた。
(第一審 富山地裁 昭和49年3月29日判決)
(第二審 名古屋高裁金沢支部 昭和53年9月28日判決)
(高裁判決後、和解成立)
▼ 国立大学の正課としての水泳実習
と国家賠償法の適用


 大学での教育活動は大学の特殊性から国家賠償法にいう「公権力の行使」にあたらないという被告の主張に対して、裁判所は次のように判決した。
 「国家賠償法第1条にいう公権力の公使とは、狭く国または地方公共団体がその権限に基づき優越的意志の発動として行う権力作用のみでなく、国または地方公共団体の作用のうち、純然たる私経済作用と同法第2条の適用を受ける営造物の設置管理を除くすべての作用をさし、国立学校における教育関係についてこれをみるに、児童、生徒、学生の入学許可、退学処分等の在学関係を形成変更する処分はもとより、授業、実習等狭義の教育作用においても学校と児童、生徒、学生またはその父母とは全く法的に対等な立場にあるわけではない。また、学校の行う教育作用と生徒、学生の負担する授業料が対価関係を純然たる私経済作用と目することはできず、国家賠償法第1条にいう『公権力の行使』にあたるものと解するのが相当である。本件水泳実習が当大学における正課の教育課程の一部であったことは認定のとおりであって、本件水泳実習における教育作用が国家賠償法第1条にう『公権力の行使』にあたるものと認めるべきである。」
▼ 安全確保のための監視体制・救助
体制策定についての過失


 水泳はその性質上、たとえ水性に練達の技術を有する者が泳ぐ場合であっても、水中において泳ぎを継続しがたい肉体的・心理的事故が発生した場合には、生命が危険にさらされるものであり、ましてや未熟の泳者が泳ぐ場合にはその者が成人であると子供であるとを問わず、その危険性は飛躍的に増大するので、大学教育で水泳実習を企画・実行する教官は、事前に参加者の健康診断を行い、実習上および周辺の水中の状況、危険個所の有無を調査してその対策を講じ指導内容、方法も参加者の能力に応じた危険の少ないものとすることはもちろんである。
 また、予定されている実習内容の危険性に応じて万一の事故に備え、遭難者の発見のため監視体制、遭難者の救助のための救助体制を整える義務があるのに、本件臨海実習において大学はこの義務の履行に過失があったと裁判所は次のように判決した。
 「本件実習においては第3日目に泳力上級者の班は遠泳を行うことが予定され、そのため前日の第2日目には10名を超える班員が隊列を組んで泳ぐとともに、短距離ではあるが背の立たない個所を泳いで不安感、恐怖心を除去し自信をつけさせる遠泳基礎練習を行うことが予定されていたのであるから、本件水泳演習の企画・実行にあたる教官としては、遠泳基礎練習の際には背の立たない個所のあるところに留意し、少なくともそれを実施する班を直接指導する教官の他に十分な泳力と救助技術を有するいわゆる水際監視員にあたる教官を定め、実習中の各班員の状況を把握せしめ、事故発生の場合には、直ちに救助を開始できる位置に配置するとともに、救助用具も必要に応じ直ちにこれを使用できるよう担当者を決めて、適切な位置に右用具を配置するなどの監視、救助のための体制を整えこれを使用する義務があったものであり、本件事故発生当時本部テントに数名の教官がたむろし、区画ブイそば付近にT教授がいたことに照らせば、あらかじめ十分に実施計画を検討し、各班の実習時間・休憩時間を調整すれば、実習に参加した指導教官を動員するまでもなく、9名の教官で交互に分担することで、最小限の監視、救助のための措置を講ずることは十分可能であった。
 しかるに、実習に参加した教官の間では、区画ブイの外へ出ている班があるとき、近くにいる教官はその班にも気を配るという暗黙の了解があった程度で、死亡学生の属していた第8班がY教官の指導のもとに外突堤に向かって泳ぎ始めた当時の監視体制は同班指導のY教官を別とすれば、T教授が死亡学生の遭難地点から約40mくらいの距離の水中に立って自己の指導する第5班の学生から告げられて、初めて異常に気づいた次第であり、そのほか、泳力と救助技術に優れた補助者や監視員は適切な場所に配置されておらず、各種の救助用具も直ちに使用できる状態で配置されていたとはいえないことは説示のとおりで、本件水泳実習の企画・実行にあたった当大学教官には第8班の遠泳基礎練習の際に必要最小限の監視、救助体制を整えるよう実習計画を策定せず、これを実施しなかった過失があるとするのが相当である。」
▼ 水泳未熟学生への指導上の過失

 第一審判決においては、学生自身自己の行為に結果について判断する能力を有し、その自主的判断および行動が尊重されるのであるから、小学校、中学校、高等学校における場合と異なり、学生の生命・身体に危険を生ずる事故の発生が客観的に予測される場合、これを未然に防止する措置を講ずれば足りるとして、原告の請求を棄却したのに対し、高等裁判所はこれを否定し、大学に過失ありと次のように判決した。
 「なるほど、成人に達した大学生と小学校の児童とでは、体格、体力ならびに注意力、判断力等の精神的能力において、格段の差があるから、学童には危険な深みでも大学生は背が立ち、学童が疲労困憊する運動でも大学生には耐えうることもあろうし、背が立つ浅瀬や海浜など随意に行動できる場所においての命令や禁止への服従や自主的行動についての信頼可能性は大学生においては高度であるから、水泳実習に対してはそのことを前提として企画・実施することが許されるであろう。しかし、水泳能力や背の立たない深みにおける遊泳中の事故の危険性は大学生であろうと学童であろうと違いはないのであって、泳力においては学童に劣る大学生が数多くいるであろうことが容易に推測されるところである。
 本件事故発生当時、学生Aの所属する第8班ではバディシステムが維持されていなかったことは認定のとおりだが、仮にそれが維持されていても、50mないし100mの泳力しか確認されておらず、外突堤までわずか30〜40mの集団遊泳中に学生A以外に2人が脱落し隊列が乱れる程度の能力しか有しない学生の相互監視が、十分な泳力と救助技術を有する補助者や監視員に代替しうるものとは認められない。
 したがって、本件水泳実習が大学生を対象とするものであるからといって、水泳実習の企画・実行にあたって本件事故発生時のような状況に対する注意義務が軽減されるものではない。」
▼ 本件事故の教訓

1.水泳未熟者には、大学生であっても、初心者として、最大限の安全配慮が必要。
2.国立大学の教育活動は国家賠償法第1条の「公権力の行使」にあたる。
3.自然の中における教育活動を実施するにあたっては、参加学生自身にも自己の安全は、自分自身で確保することを十分自覚させることが必要である。