1.競技主催者の安全配慮義務
競技を主催した者は、その競技に関する契約に基づき、参加者に対し、競技を実施する義務を負うことは前述のとおりであるが、これに付随し、その競技が危険を伴うものである場合には、その参加者が安全に競技できるように配慮し、救助を要する事態が発生した場合には直ちに救助すべき義務を負うことはいうまでもないところである。そして、本件大会のように沖合で長距離を泳ぐというような水泳競技においては、競技者に溺れる者が出るなどの事故が発生する可能性を否定できないため、その主催者は、競技コースの設定に配慮するとともに監視者、救助担当者を配置し、救助機器を用意して救助体制を整え、かつ、参加者から救助の要請があった場合には直ちに救助する義務があるというべきである。
そこで、まず、本件水泳競技における海上の監視、救助体制についてみるに、第1、第2ポイント船(いずれもヨット)を出発点から800mの8番ブイおよび同1,300mの13番ブイ付近に、警戒船9隻の第1ないし第9号(いずれも遊漁船)が競技者が進むに従って広がり、最も広がった時点では1,700mの位置の17番ブイから500mの位置の5番ブイの間を、第1ないし第3号がおおむね先頭の、第4ないし第6号がおおむね中位の、第7ないし第9号がおおむね後位の競技者を監視する形で、さらに、救助船2隻の第10号、第11号、本部船1隻を配置し、各船には、救助措置の訓練を受けた者らを乗り組ませていたことを認めることができる。
2.ウエットスーツ着用に対する配慮義務
Xらは、「当日Aが溺れた付近では摂氏22〜23度で、参加者が体温低下によって溺れることがないように体温保持のためのウエットスーツの着用を認めるべきであり、少なくとも50歳以上の高齢者や初心者にはこれを許可し、あるいはその着用を推奨すべきであったのに、一律に右着用を禁止した」と主張したのに、判決は次のようにその主張を斥けた。
「仮に水温が摂氏22度程度であったとしても、これをもってYにウエットスーツを着用せしめるべき義務があったかまでは認めることができない。すなわち、摂氏22度という水温が必ずしも水泳競技に適切でないということはできないし、本件水泳競技においては、A以外の参加者らに水温が低かったことにより傷害が発生したということもなく、あらかじめウエットスーツの着用を認めなければ危険であったというような状況は認めることができない。水温が低ければ、それだけ競技者に負担を与え、長時間泳ぐうちには、これがため低体温症となり、あるいは疲労が重なり、水泳を競技することが困難になることもあり得ないではないが、本件大会は、初心者も参加する規模の小さいトライアスロンであるといっても、耐久競技(鉄人競技と呼ばれることもある)であることには相違なく、しかも、その参加者は、水泳のできない者が強制的に参加させられているわけではなく、耐久競技を承知のうえで自ら希望して参加しているのであって、参加資格としてある程度の競技経験や心電図検査での異常のないことが要求されており、ことにAは、水泳歴10年、自転車歴15年5ヶ月、マラソン歴10年6ヶ月であることを参加申込み際し、誓約書の参考資料欄に記入したうえ、昭和61年5月末頃、参加承認を受けた後、同年6月頃負荷心電図検査の診断書を送付するとともに、大会事務局宛に大会参加を強く希望する旨の添書を送っているものである。参加者は、相当の水泳技能、注意力、判断力を有していたと認められるところ、このような競技会の主催者としては参加者の水泳技能、注意力、判断力を前提に、その安全性を配慮すれば足りるところ、参加者が底体温症あるいは疲労によって救急の意志表示ができなくなるまで泳ぎ続けるなどという異常なことまでも予想する必要はなく、競技者に水泳の継続が困難になった段階で競技中断の意志表示がされることを期待してよいというべきであり、そうであれば、結局、Yにおいてウエットスーツの着用について、これをあらかじめ許可し、あるいは推奨すべき義務が存したとまでは認められない。
なお、水泳競技の主催者は、突発的な心臓の停止等による事故に対する配慮も要するが、水温が22度程度であればこのような突発的事故が生じる可能性が高いとまではいえないから、この点はウエットスーツの着用と関係がないというべきである。」
3.標識ブイ等に関する配慮
Xらは、参加者がどこで競技を中断しても標識ブイまたはロープにつかまって危険を避けることができるようにすべきであったと主張したのに対し、判決は次のように述べている。
「本件水泳競技は耐久競技であり、コースを泳ぎ切って次の競技に進むことが予定されており、その参加者は初心者も混じっていたというものの、いずれも相当の経験を有するものが多数の希望者の中から選ばれており、しかも、中断の場合には本部船1隻、警戒船9隻、救助船2隻等の船艇が待機し、救助体制がとられていたのであり、救助の主たる役割はこれらの船艇に期待されるものであるうえ、100mごととはいえそのブイにつかまって休むことができたものであって、いまだ、右ブイの設置およびロープのなかったことをもって、安全配慮義務を欠いていたとまではいえないところである。」
4.医師、看護婦配置義務
Xらは、本件水泳競技場の海浜に医師や看護婦を待機させたいわゆるメディカルテントを設置し、また、監視船に医師を乗り組ませるべきであったと主張したのに対し、裁判所は次のようにその主張を斥けた。
「本件Aの事故は、すでに呼吸停止状態で救助されたものであるが、このような重篤な溺水患者に対しては、呼吸管理、循環管理等高度な医療が必要であり、そのための設備を病院外に設置することは困難であり、このような患者に対する措置としては、応急措置をするとともに、海浜に搬送用の車両を待機させるなどして、すみやかに右設備の整った病院へ収容しうる体勢をを整えれば足りるというべきである。Aについては、救助直後から人工呼吸等の措置を受け、たまたま他の参加者を収容する目的で右競技場の海浜まで来ていた救急用の自動車によってすみやかに病院に搬入されたが、これによれば、右医師、看護婦の配置を欠いたこととAの死亡との間には相当因果関係がないというべきである。
監視船に医師を乗り組ませることについては、重傷患者については、その救助体制を監視船に備えることは困難であり、そうでない患者については海浜までさほど時間を要せずに搬送できるのであるから、監視にあたる船には応急措置ができる者を乗り組ませることで足りるというべきであり、本件においては、救護活動について指導を受けた消防署員等を乗り組ませており、現実に人工呼吸等の応急措置が可能であったのであるから、この点については安全配慮義務を欠いたということはできない。」
5.手漕ぎボート等による監視
競技者にできるだけ接近して監視するため、手漕ぎボート、ゴムボート、サーフボード等参加者に接近できるものに監視者を乗り組ませて監視すべきであったとのXらの主張に対して裁判所は、次のように判示している。
「確かに、競技者に接近するには、通常の船艇より手漕ぎボート等が優れているということができるが、競技中、競技者に接近することは、競技に影響を与えたり、接触するなどかえって危険を生じることもあり、手漕ぎボート等による監視が常に必要とまではいえない。」
要は、競技者が救助を求めたり、救助を要する事態となった場合にすみやかに救助しうる体勢にあれば足りるのであって、必ず手漕ぎボート等による監視が必要であるとまではいうことができず、手漕ぎボート等による監視がされていなかったことをもって、安全配慮義務を欠いていたとまではいえないところである。
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