トライアスロン参加者の
死亡事故と主催者の法的責任

 

観光協会の法的特質

▼ 事故と裁判の概要

 和歌山県Y町の主催するトライアスロン競技会(水泳2.0km、自転車走30.1km、マラソン17.5km)に初めて参加したA(60歳)は出発点から約1,400mの海上で心臓停止し、4日後死亡した。
 この事故に対して遺族が、事故は主催者の安全配慮義務違反によるものであるとしてY町に損害賠償を請求した。
 第一審京都地裁は安全配慮義務違反はないとして請求を棄却する判決をしたのに対し、遺族らが大阪高裁に判決を不服として控訴したが、大阪高裁も控訴棄却の判決をした。
(第一審 京都地裁 平成3年2月22日判決)
(第二審 大阪高裁 平成3年10月16日判決)
▼ 事故発生の状況

 Aは、昭和61年7月20日、和歌山県下のY町内において行われたY町主催の本件大会に参加し、その最初の種目であるY町所在の海水浴場およびその沖合において実施の本件水泳競技において、同日午前10時44分の少し前頃、この競技コースの出発点から約1,400m付近の海面においてうつぶせになり動かず浮かんでいるところを、本件水泳競技の監視にあたっていた本部船等の監視員に発見され、急行した同船から飛び込んで救助に赴いたGによって同船に引き揚げられた。そして、Aは、同船の乗組員らによって救急処置を施されつつ陸上まで搬送され、午前10時54分頃、救急用に準備した車で病院に収容され治療を受けたが、同月24日午前4時23分、同病院において死亡した。
▼ 競技契約

 Xら(控訴人−遺族−原告)はAがY(被控訴人−Y町−被告)の募集に応じて、本件大会に参加を申し込み、YはAの参加を承認したので、AとYとの間に無名契約たる本件大会の競技実施に関する契約が成立したと主張し、Yは、本件大会を実質的に運営したのはYとともに本件大会を主催したY町観光協会であり、この観光協会が権利能力なき社団である本件大会本部を構成し、これが本件大会の企画・運営にあたっていたので、本件競技に関し、Aとの間に成立するとすれば、本件大会本部との間に成立するものであって、AとYとの間には何らの契約関係もないと主張するところである。
 一般に、競技会の主催者が参加者を募集し、これに応じた者に競技会への参加を承認した場合、特段の事情がない限り、主催者と参加者との間には、競技会の実施に関する契約が成立したものということができ、その契約に従い、参加者は、有料であれば参加費用の支払い義務を負担し、主催者は競技会を実施すべき義務を負うことになる。
 本件大会は、Y町観光協会において計画し、同観光協会の会長や理事のほかYの職員や、K町、M町の総務課長等によって構成される実行委員会が本件大会本部を構成し、本件大会本部が本件大会の具体的な運営にあたり、参加者を募集し、その応募者の中から参加者を選別し、参加費用を徴収するなどしたこと、そして、参加申込書の宛先は本件大会本部となっていることを認めることができる。しかしながら、Yが本件大会の主催者であったことは当事者間に争いがなく、Y町観光協会は、昭和30年頃、Y町地域の振興、観光事業の発展等を目的として設置され、この地域における観光事業の調査、宣伝、計画等の事業を行っているもので、町内の旅館、土産物店、交通関係その他観光事業にかかわる業種の者が会員となっているが、Yとは、その事務所をY役場内におき、Y町長や町議会課長が顧問となり、事務局長もY職員が出向し、その予算も年間予算の3分の1以上をYの助成金(昭和61年度500万円、昭和62年度700万円)によって賄うという関係にあったもので、本件大会について、大会長をY町長が引き受け、本件大会本部には、Yの助役、総務課長、企画財政課長、経済課長、建設課長、水道課長等が参加し、参加費以外から賄う費用のうち半額を超える160万円をYにおいて負担したこと、そして、参加者に交付された本件大会の要領には主催者としてYを表示し、参加を承認する旨の通知書には、大会長の表示のもとにY町長との表示もしていることが認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。これらによれば、Yは、本件大会に名を貸したものではなく、実質的に主催した者であって、主催者として参加者であるAとの間に本件競技に関する契約の成立を妨げる事由はないというべきである。
 なお、参加者と観光協会あるいは本件大会本部との間に同様に本件競技に関する契約が成立するとしても、これによって、Yとの契約成立が妨げられるものではない。
▼ 安全配慮義務

1.競技主催者の安全配慮義務
 競技を主催した者は、その競技に関する契約に基づき、参加者に対し、競技を実施する義務を負うことは前述のとおりであるが、これに付随し、その競技が危険を伴うものである場合には、その参加者が安全に競技できるように配慮し、救助を要する事態が発生した場合には直ちに救助すべき義務を負うことはいうまでもないところである。そして、本件大会のように沖合で長距離を泳ぐというような水泳競技においては、競技者に溺れる者が出るなどの事故が発生する可能性を否定できないため、その主催者は、競技コースの設定に配慮するとともに監視者、救助担当者を配置し、救助機器を用意して救助体制を整え、かつ、参加者から救助の要請があった場合には直ちに救助する義務があるというべきである。
 そこで、まず、本件水泳競技における海上の監視、救助体制についてみるに、第1、第2ポイント船(いずれもヨット)を出発点から800mの8番ブイおよび同1,300mの13番ブイ付近に、警戒船9隻の第1ないし第9号(いずれも遊漁船)が競技者が進むに従って広がり、最も広がった時点では1,700mの位置の17番ブイから500mの位置の5番ブイの間を、第1ないし第3号がおおむね先頭の、第4ないし第6号がおおむね中位の、第7ないし第9号がおおむね後位の競技者を監視する形で、さらに、救助船2隻の第10号、第11号、本部船1隻を配置し、各船には、救助措置の訓練を受けた者らを乗り組ませていたことを認めることができる。

2.ウエットスーツ着用に対する配慮義務
 Xらは、「当日Aが溺れた付近では摂氏22〜23度で、参加者が体温低下によって溺れることがないように体温保持のためのウエットスーツの着用を認めるべきであり、少なくとも50歳以上の高齢者や初心者にはこれを許可し、あるいはその着用を推奨すべきであったのに、一律に右着用を禁止した」と主張したのに、判決は次のようにその主張を斥けた。
 「仮に水温が摂氏22度程度であったとしても、これをもってYにウエットスーツを着用せしめるべき義務があったかまでは認めることができない。すなわち、摂氏22度という水温が必ずしも水泳競技に適切でないということはできないし、本件水泳競技においては、A以外の参加者らに水温が低かったことにより傷害が発生したということもなく、あらかじめウエットスーツの着用を認めなければ危険であったというような状況は認めることができない。水温が低ければ、それだけ競技者に負担を与え、長時間泳ぐうちには、これがため低体温症となり、あるいは疲労が重なり、水泳を競技することが困難になることもあり得ないではないが、本件大会は、初心者も参加する規模の小さいトライアスロンであるといっても、耐久競技(鉄人競技と呼ばれることもある)であることには相違なく、しかも、その参加者は、水泳のできない者が強制的に参加させられているわけではなく、耐久競技を承知のうえで自ら希望して参加しているのであって、参加資格としてある程度の競技経験や心電図検査での異常のないことが要求されており、ことにAは、水泳歴10年、自転車歴15年5ヶ月、マラソン歴10年6ヶ月であることを参加申込み際し、誓約書の参考資料欄に記入したうえ、昭和61年5月末頃、参加承認を受けた後、同年6月頃負荷心電図検査の診断書を送付するとともに、大会事務局宛に大会参加を強く希望する旨の添書を送っているものである。参加者は、相当の水泳技能、注意力、判断力を有していたと認められるところ、このような競技会の主催者としては参加者の水泳技能、注意力、判断力を前提に、その安全性を配慮すれば足りるところ、参加者が底体温症あるいは疲労によって救急の意志表示ができなくなるまで泳ぎ続けるなどという異常なことまでも予想する必要はなく、競技者に水泳の継続が困難になった段階で競技中断の意志表示がされることを期待してよいというべきであり、そうであれば、結局、Yにおいてウエットスーツの着用について、これをあらかじめ許可し、あるいは推奨すべき義務が存したとまでは認められない。
 なお、水泳競技の主催者は、突発的な心臓の停止等による事故に対する配慮も要するが、水温が22度程度であればこのような突発的事故が生じる可能性が高いとまではいえないから、この点はウエットスーツの着用と関係がないというべきである。」

3.標識ブイ等に関する配慮
 Xらは、参加者がどこで競技を中断しても標識ブイまたはロープにつかまって危険を避けることができるようにすべきであったと主張したのに対し、判決は次のように述べている。
 「本件水泳競技は耐久競技であり、コースを泳ぎ切って次の競技に進むことが予定されており、その参加者は初心者も混じっていたというものの、いずれも相当の経験を有するものが多数の希望者の中から選ばれており、しかも、中断の場合には本部船1隻、警戒船9隻、救助船2隻等の船艇が待機し、救助体制がとられていたのであり、救助の主たる役割はこれらの船艇に期待されるものであるうえ、100mごととはいえそのブイにつかまって休むことができたものであって、いまだ、右ブイの設置およびロープのなかったことをもって、安全配慮義務を欠いていたとまではいえないところである。」

4.医師、看護婦配置義務
 Xらは、本件水泳競技場の海浜に医師や看護婦を待機させたいわゆるメディカルテントを設置し、また、監視船に医師を乗り組ませるべきであったと主張したのに対し、裁判所は次のようにその主張を斥けた。
 「本件Aの事故は、すでに呼吸停止状態で救助されたものであるが、このような重篤な溺水患者に対しては、呼吸管理、循環管理等高度な医療が必要であり、そのための設備を病院外に設置することは困難であり、このような患者に対する措置としては、応急措置をするとともに、海浜に搬送用の車両を待機させるなどして、すみやかに右設備の整った病院へ収容しうる体勢をを整えれば足りるというべきである。Aについては、救助直後から人工呼吸等の措置を受け、たまたま他の参加者を収容する目的で右競技場の海浜まで来ていた救急用の自動車によってすみやかに病院に搬入されたが、これによれば、右医師、看護婦の配置を欠いたこととAの死亡との間には相当因果関係がないというべきである。
 監視船に医師を乗り組ませることについては、重傷患者については、その救助体制を監視船に備えることは困難であり、そうでない患者については海浜までさほど時間を要せずに搬送できるのであるから、監視にあたる船には応急措置ができる者を乗り組ませることで足りるというべきであり、本件においては、救護活動について指導を受けた消防署員等を乗り組ませており、現実に人工呼吸等の応急措置が可能であったのであるから、この点については安全配慮義務を欠いたということはできない。」

5.手漕ぎボート等による監視
 競技者にできるだけ接近して監視するため、手漕ぎボート、ゴムボート、サーフボード等参加者に接近できるものに監視者を乗り組ませて監視すべきであったとのXらの主張に対して裁判所は、次のように判示している。
 「確かに、競技者に接近するには、通常の船艇より手漕ぎボート等が優れているということができるが、競技中、競技者に接近することは、競技に影響を与えたり、接触するなどかえって危険を生じることもあり、手漕ぎボート等による監視が常に必要とまではいえない。」
 要は、競技者が救助を求めたり、救助を要する事態となった場合にすみやかに救助しうる体勢にあれば足りるのであって、必ず手漕ぎボート等による監視が必要であるとまではいうことができず、手漕ぎボート等による監視がされていなかったことをもって、安全配慮義務を欠いていたとまではいえないところである。

▼ 救助義務

1.Aが手を挙げた時点での救助義務
 Aが救助船のUに向かって手を挙げたのは、その時点でAの泳ぐ速度が著しく遅く、疲労困憊していたことなどから考えて、救助を求める意志表示であったとXらが主張したのに対し、裁判所は「救助船第10号に乗り込んでいたUは、13番ブイと14番ブイとの中間付近で、最後尾から2番目をゆっくりと平泳ぎで泳いでいた競技者に、約10mの距離から『まだ泳ぎますか』という趣旨の声をかけたところ、その競技者が左手の手首の上くらいまでを海面から出して応答したことを認めることができる。そして、そんのことが救助を求めていたのか、継続する意志なのか明確ではないが、Aが救助を求める意志であったとすれば、その救助を待ち、また、救助に来る様子がなければ、さらに合図して救助を求め、救助船に接近したと考えられる。Xらは、Aは疲労困憊していたので、そのような要求は過酷な要求であるというが、前述のように、Aはゴール方向へ泳いでUの乗る救助船から遠ざかったのであり、救助を求める意志であれば、少なくとも船の方向へは来ることができたはずである。以上によれば、Aには、救助を求め、あるいは棄権して競技を中断する意志はなかったと認められ、この点に関するUの判断は是認できるものであり、この時点でAを救助しなかったことをもって救助義務違反ということはできない」と判決した。

2.Aに対する意思確認義務
 Aが手を挙げた行為が救助を求める意志であったかどうか紛らわしかったから、これを是認した救助船のUらは、Aの意思を確認すべきであったという主張に対し、判決は「Uは、右行為の後数分間見守って、Aがゴール方向へ泳いで行くのを見て、救助を求める意志ではなかったと判断したのであり、右判断が是認できることは前述のとおりであり、これに重ねて意志を確認する義務があったとまではいうことができない」と説示した。

3.その後の監視義務
 その後Aについては、目を離さずに、異変があれば直ちに救助できる距離を保ち、その態勢を備えて監視すべきであったとXらは主張しているが、その後、UがAの監視を続けなかったことについて、裁判所は注意義務違反ということはできないとしながら、次のように判決した。
 「Aが最後尾の水泳競技者であって、競技開始から1時間以上経過し、他に競技者がいない状況になっていたことからすれば、その監視にあたる者は、遠くても10m程度の距離から、継続的に監視すべきであったといわなければならない。しかるに、救助船第11号のMが目を離していたことは前述のとおりであるし、警戒船第4号のSも、ほんの4、5秒は目を離した可能性を否定しないところ、その供述によってもAが動かなくなる直前については見ていなかった、あるいは十分注意を向けていなかったといわざるを得ず、しかも最も近かった警戒船第4号も20ないし25m離れていたのであって、これによればその監視は不十分であったといわざるを得ない。
 しかしながら、SおよびMがAから目を離した時間はごくわずかであると認められることと、前述のAが水を少ししか飲んでいなかったことからすれば、Aが溺れそうになってもがいていた時間はほとんどなく、ほぼ突然に水面上に顔を伏せ、両手を伸ばして浮かんでいるような水没状態になったと推認できるが、以上を総合すれば、ほぼ突然に水没状態に陥ったAは、そのわずか後には、S、M、Gほかに発見され、それから直ちに救助されたと認められ、その救助に警戒船がやや離れていたことも、それによって特段救助が遅れたともいえない。してみれば、右警戒船がやや離れた距離にあったことおよびS、Mが監視中に目を離したことがAの救助に重大な影響を与えたとはいえず、結局、この点は、Aの死亡に相当因果関係をもつものではないというべきである。」

▼ 本件事故の教訓

1.危険性の高いスポーツの企画・運営にあたる者は、参加者の資格条件を確実に確認すること。
2.免責同意書の文言を明確にし、法的に効力のある権威ある文章を作成しなければならない。
3.主催、共催、後援等により、事故責任が異なることを配慮して、責任関係を明確にしておく必要がある。