スキューバダイビングツアーの
参加者の溺死事故

 

ツアーの主催者、引率者らの損害賠償責任

▼ 事故と裁判の概要

 東京都神津島のスキューバダイビングツアーに参加した22歳の女子会社員Aが外洋に転落し、台風の通過後外洋が荒れて波が高かったため救助が遅れて溺死した事故につき、Aの両親であるXらがこのツアーの主催者、引率者らであるY1ないしY2に対し、不法行為に基づく損害賠償請求をした。
 第一審東京地裁は被害者の死亡とY1についての作為ないし不作為に関して、その前提となる事実についてY1の予見義務、予見可能性、回避義務、回避可能性等が認められず、被害者の死亡との間の相当因果関係も認められないとして、Xらの請求を全部棄却した。
 控訴審判決では、同ツアーの経緯・内容、被害者とY1らとの関係、被害者およびY1の体力、泳力、引率者らの救助、連絡等に関する備えの有無、被害者が外洋に転落する直前の経緯(被害者が危険な転落場所に行った直接の経緯。実質的に本件の争点であったといえる)、転落場所の位置および危険性、当日の気象および外洋の状況、島における他の遊泳状況、事故当時の波の状況、被害者の転落を知ってから実施に救助されるまでの関係者の行動等につき、詳細な事実認定をしたうえで、Y1の被害者に対する直前の指示、緊急事態に対する準備および本件事故に対する対応に過失があったと認め、Y1につき民法第709条の不法行為責任を肯定し、Y2らに、有限会社法または民法第715条による賠償責任を肯定した。
 そのうえで、本判決は、被害者にも自らの安全に十分な配慮をしなかったという過失があったとして、その過失割合を4割として、Y1らに対して連帯して、Xらに金4,132万余円の支払いを命ずる判決をした。
(第一審 東京地裁 平成5年2月1日判決)
(東京高裁 平成7年8月31日一部変更、確定)
▼ Y1の指導、管理者としての過失

1.Y1がAに対し、踊り場で用を足すよう勧めたことの過失
 本件事故においてAが外洋に落ちた原因が高波にさらわれたためであるにせよ、崖から足を滑らせたためであるにせよ、Y1は何度も千両池付近を訪れていて、踊り場および付近の外洋の状況が平素から危険であることを承知しており、特に本件事故の直前には自ら小用に行って踊り場付近の状況を見ており、台風の影響で非常に危険な状態となっていたことを認識していたことが明らかであるから、Aをそのような踊り場に用を足しに行かせれば高波にさらわれたり、足を滑らせて外洋に落ちる危険があることを十分に認識し得たものというべきである。
 Y1は本件ツアーの引率者であり、本件事故当日は千両池でのスキンダイビングを企画し、参加者らを千両池に引率しており、千両池付近の岩場および外洋の状況からして海に落ちる危険のある場所があることを十分知っていたのであるから、引率者として千両池付近の状況に不案内な参加者らがそのような危険のある場所に近づかないよう注意すべき義務があった。
 Y1がAに対し用を足す場所として踊り場を指示したことを否定する部分は到底採用できないというべきであり、Y1はAに対し踊り場の存在と位置を説明して踊り場で用を足すことを勧めたものと認められる。

2.Y1の用便の場所の指定と事故発生の因果関係
 Aは踊り場から外洋に落ちて溺死したものであるが、Aが外洋に落ちた原因は必ずしも明らかではない。しかし、踊り場は平素でも急に高波が来るような危険な場所であって近づかないように注意する看板が設けられているような場所で、ことに本件事故当時は外洋が台風の影響で荒れていてきわめて危険な状態であり、高波が踊り場にまで達していたことからすると、Aは高波にさらわれて海に落ちた可能性が十分にある。また、踊り場も、踊り場への降り口も足場が悪く、足を滑らせる恐れがあり、本件事故当時高波によって足場の岩が濡れていてその危険はさらに増大していたと考えられることからすると、Aが足を滑らせて海に落ちた可能性もあるものというべきである。
 結局、Aが外洋に落ちた原因は高波にさらされたためか、足を滑らせたためかのいずれかであると認められるが、神津島村所轄の新島警察署が本件事故について関係機関からの照会に備えて作成した広報用記録用紙においても、「事故の概要」の中に「高波にさらわれたか、足を滑らせたか不明である」旨記載されており、証拠上これらのいずれであるかは明らかでない。しかし、高波にさらわれたのか、足を滑らせたのか、そのいずれであるにせよ、Y1においてAに対し本件岩場で用を足すことを勧め、用を足す場所として踊り場を指示することがなければ、Aが前記のような危険のある踊り場に行くことはなく、外洋に落ちることもあり得なかったものであり、また、結局,Aが溺死するに至ったのは、外洋に落ちてから救助されるまで妬く1時間も荒れた海面に放置された結果というべきであるから、Y1がAに対し踊り場で用を足すように勧めたことおよびAの救助が遅れたことと本件事故によるAの死亡との間には相当因果関係があるというべきである。

3.Aが外洋に落ちた後、約1時間、荒れる海に放置され、救助が遅延した過失
 Aは午後4時40分頃外洋に落ち、5時35分頃海に飛び込んだF(役場職員)がうつぶせになって浮いていたAのもとに泳いでたどり着くまで海上にあったのであるが、その間、Y1は、午後4時45分頃、K(会員)から知らされてAが外洋に落ちたことを知ってから、参加者らに助けを求めに行かせたほかは、ずっと本件岩場の上からAの状況を見守ることをしていたのみであった。
 Y1は、付近の海岸の状態と当時の波の状況からして、自らが救助に飛び込んでもAを引き上げる場所がなく、救助の船が来るまで相当長時間泳いでAを支えているのでは自分の体力がもたない恐れがあり、また、自分も波に巻き込まれたりすると考え、自ら海に飛び込んで直接救助活動にあたることをせず、Aを見失わないように見守っていたというのである。
 しかし、Aは海に落ちてから救助されるまでの間、海中に没することなく、終始海面に浮いていたのであり、救助のボートに引き上げたときも体温がまだ温かい状態であったのである。
 Y1は参加者らを千両池にスキンダイビングのため引率するにあたり、浮輪、ロープ等の救命用具もその必要がないと考えて携行していなかったものであるが、千両池そのものは静かな海面であるとしても、ダイビングは本質的に危険を内包しているものであるから、引率者であるY1としては、いつ何時参加者の生命・身体に危険が及ぶような緊急事態が突発しても迅速に救助することができるように浮輪、ロープ等適切な救命用具を携行すべきであったというべきである。
 また、Y1としては、千両池付近の外洋は平素から危険であり、特に当日は台風の影響で危険度が高まっていることを承知していたうえ、Y1の心積もりとしては外洋に近づかないという予定であったとしても、参加者らを引率して千両池付近に行く以上、何らかの事情で、誰かが外洋に近づくということもあり得るのであり、ことに、Y1自身参加者らのうち女性が用便をするとすれば千両池付近では岩陰しかないと考えていたのであるから(実際に、本件では、Y1自身が本件岩場でAに対し用を足す場所として踊り場を指示しているのである)、その点からもY1としては適切な救命用具を携行すべきであったといわなければならない。加えて、本件ツアーの引率者であるY1としては、緊急時の連絡方法の準備についても配慮しておくべきであったというべきである。
 しかも、水に落ちた溺者を援助する際、手近に浮力のある物があればそれを投げ込んで溺者につかまらせるという方法が必要な救助活動の一つであることはいうまでもないが、本件クーラーボックスは、内容物を取り出して空の状態にして海に投げ込めば相当の浮力を持ち、浮輪の代用として使用することができるものであった。そして、Aが外洋に落ちた当時、本件崖の上部にいたM(会員)らが本件クーラーボックスを携帯していたのであるから、Y1がMらに指示すれば直ちにY1の元に運ぶことができた状況であったが、Y1は本件クーラーボックスを利用することを思いつかず、結局これを利用しないままであった。
 そして、Y1はバディのインストラクターの資格中最高クラスのマスター・スクーバ・ダイバー・トレーナーの資格を有し、泳力に優れ、溺者救助の専門的訓練を受けており、この資格を利用してダイビングツアーの引率、参加者の指導をすることを業としていた者でありながら、このように千両池でのスキンダイビングに参加者らを引率するにあたり、当然携行すべき浮輪、ロープ等の適切な救命用具を携行せず、緊急時の連絡方法の準備もしていなかったうえ救助に役立つような本件クーラーボックスが手近にあったのにこれを利用することもせず、救助の応援が到着するまで本件岩場からAを見守るのみで、何ら直接の救助活動をしないまま手をこまねいていたのである。
 しかも、救助されるまでの間のAの状態が前記のようなものであったということに加え、Y1自身の3点セットは携行していなかったものの、参加者らの3点セットは手近にあって利用することが可能であり、またY1自身も最後には結局Fらとともに海に飛び込み、浮輪、ロープを利用して救助にあたったのであるから、Y1が緊急時の連絡方法を準備していて、本件事故発生後直ちに救助の応援を求めるとともに、浮輪、ロープ等の適切な救命用具を携行しており、参加者らの3点セットを自ら装着して海に飛び込み、これらの救命用具のほかに本件クーラーボックスも利用してAを支持し、ほかの参加者の協力も得つつ、救助の応援が到着するまで海上で浮きながらAを支えているという方法をとったとすれば、Y1自身生命の危険に陥ることなしに、Aをより早期に救助し、Aの死亡の結果を回避することができたというべきである。
 したがって、Y1には、千両池に参加者らを引率するについて浮輪、ロープ等の適切な救命用具を携行せず、緊急時の連絡方法について何らの準備もしていなかった点で過失があるといわなければならない。

▼ 過失相殺

1.被害者Aについて
 被害者A(昭和42年8月19日生、本件事故当時22歳)は、身長が156cm、体重50kg程度の体格で、平成元年3月に短期大学を卒業して同年4月以降乙株式会社に勤務していた。Aは、中学から短期大学まで格別水泳はしておらず、同年7月9日バディのオープンウォーター・ダイバー・コースという入門コースを修了し、その認定カードを取得していたが、本件事故までの間3回のダイビングツアーに参加したにとどまる初心者ダイバーであって、その泳力は小学生時代にプールで25mをクロールで泳げたという程度であった。
 Y1は本件事故の1年余前からAに対しスキューバダイビングの指導をしていたが、Aの泳力については全く知らなかった。

2.Aの過失について
 本件事故において、Aが外洋に落ちた原因が高波にさらわれたためか、足を滑らせたためかは明らかではなく、また、高波にさらわれたのであるとした場合にも、その具体的な状況は不明である。しかし、仮に予測できないような高波が急に押し寄せてきたため不意を突かれてさらわれたものであるとしても、Aは22歳の社会人であるから、いかに引率者であるY1に指示された場所であるにせよ、踊り場自体の状態および外洋の状況に十分に注意をして自ら安全性の判断をすべきであった。特に踊り場の上まで行けば、当時台風の余波で外洋が荒れており、本件岩場に向かって高波が来る可能性があるような状況であることを認識できたはずであることを考慮すると、Aが外洋に落ちたことについては、A自身の安全性の判断にも不十分な点があったというべきである。
 一方、Aが本件事故によって死亡したのは、さらにY1において救命用具の用意や緊急時の連絡方法の準備をしていなかったという過失が加わった結果生じたものであることを考慮すると、結局、本件死亡事故の発生についてのAの過失の割合は、4割とみるのが相当というべきである。

▼ 本件事故の教訓

1.自然の中でのスポーツ指導では、自然条件の認識が重要である。
2.スキューバダイビングの講習会では、講習の前後の安全にも十分な配慮が必要である。
3.緊急事態に対応できるように、地元の警察、消防署等に事前に連絡しておくことも必要である。