高等養護学校生の
水泳授業中の溺死事故

 

障害児の逸失利益の計算に問題

▼ 事故と裁判の概要

 県立養護学校高等部2年生Aが体育の授業で水泳訓練を受けているうちに水を吸引して意識不明となり、救急車で搬送された病院で死亡した。
 死亡生徒の両親Xらは、事故は担当教員Y1が故意に騒ぐAの頭を水没させたとして、Y1に対しては不法行為責任により、学校設置者であるY2県に対しては安全配慮義務違反ならびに国家賠償法第1条により損害賠償を請求した。
 裁判所は、Y1の故意は否定したが過失を認定した。しかし、賠償責任については国家賠償法により県が損害賠償責任を負う場合、公務員が個人として賠償責任を負わされることはないとして、請求を棄却した。県に対してはY1の過失により国家賠償法第1条を適用して損害賠償の支払いを命じた。
 損害賠償の算定について第一審横浜地裁は、Aの逸失利益についてはAの卒業後の進路として地域作業に進む可能性が高かったとして、その年間工賃7万余円を前提に120万余円を算出し、A本人の慰謝料を1,500万円、Xらの慰謝料を各500万円と認定し、総額2,860万円(葬祭費100万円・弁護士料260万円を含む)を認容した。
 原告Xはこの判決を不服として控訴したのに対して、東京高裁は慰謝料などを含めて4,840万円の支払いを命ずる判決をした。
(第一審 横浜地裁 平成4年3月5日判決)
(第二審 東京高裁 平成6年11月29日判決)
▼ 事故発生の状況

 Aは、昭和45年9月22日生まれの男子で、Xら唯一の子供であるが、言葉が発達しないということで3歳の頃から児童相談所に通い、5歳頃に自閉症との診断を受け、本件事故当時までT病院精神科外来で指導を受けていた。
 本件養護学校は、昭和62年4月15日、同校の体育授業の一環として株式会社Bスイミングスクールの経営するプールにおいて、高等部生徒に対する水泳訓練を行った。当日のAに対する指導は、Y1がマンツーマン方式で午前10時50分頃から約10分間と、午前11時30分頃からの約15分間の2回行ったが、2回目の指導の終わりに近い午前11時45分頃、Aは水を吸引して意識不明となり、救急車で県立病院へ搬送され手当を受けたが、同日午後7時11分死亡した。
▼ 指導教諭の注意義務違反

 本件事故当時、Y1が行ったようなヘルパーの装着による練習方法をとった場合、(Y1はAの胸部に2個、両大腿部に各3個、両足に各3個の計14個のヘルパーを装着)、下半身が浮き上がるために上半身が沈んで鼻口部が水没し、Aが水を吸引する危険性が大きくなることは当然予見可能であるから、Y1としては常時Aの呼吸状態に注意しつつ、無理のない限度で練習を行うべき注意義務があったと認められる。
 さらに、呼吸が停止した場合でも適切な蘇生措置を施せば溺死後10分以内なら蘇生の可能性があること、Y1は昭和61年6月26日に本件養護学校の教職員を対象に行われた水泳指導時における救急に関する消防署職員の講義を受けていたことが認められるから、Y1にはAがけいれんを起こしたあと、直ちにAの気道を確保し、必要があれば他の教員の助けを求めて直ちに人工呼吸、心臓マッサージ等の適切な蘇生措置を講じるべき注意があったというべきである。
 しかるにY1は、1回目の水泳訓練にあたり以上の注意義務を怠り、Aの足首、大腿部等に14個ものヘルパーを装着したうえ、Aがけいれんを起こしたあとも直ちに適切な措置を講じなかった。
▼ 逸失利益の計算

 第一審判決では逸失利益の計算は次のように判決した。
 「Aは自閉症で本件当時16歳であり、XらはAが本件養護学校に入学した当時、卒業後のAの進路として地域作業所へ入所させることを希望し、その旨主治医にも話していたし、警察官に対する供述書にも『将来Aに特に何をさせようという考えはもっておらず、好きなことをさせようと思っている』旨を述べていた。
 Aには授業中突然席を離れて教室の外へ出ていくなどの行動がみられたほか、時に自傷行為に及んだり、混乱状態に陥って奇声を発して飛び跳ねたりすることもあり、昭和57年におけるIQは55であった。
 昭和62年度の本件養護学校の卒業生36名中、地域作業に入所した者は12名であり、本件精神薄弱養護学校高等部の昭和60年度から62年度までの卒業生の進路状況については、地域作業所に入所した者の割合が一番高くて33%前後であるのに対し、一般企業への就職者の割合は25%程度であること、および自閉症児が将来健常児として、同様に就職する割合は20%未満である。
 以上の事実によれば、Aの卒業後の進路としては、地域作業所に進む蓋然性が最も高いと認められるから、Aの死亡による逸失利益の算定にあたっては右作業所入所者平均収入を基礎とすべきである。」
 本判決に対して原告は東京高等裁判所に控訴した。
 平成6年11月29日、東京高等裁判所は、「Aは身の回りの始末もでき、1人で電車通学もしており、またことのほか料理に興味をもち、学校でもパンやケーキを焼いたり、お好み焼きを作ったりし、卒業後は調理師になることが夢であった」として、判決では「調理師試験の基礎となる読み書き計算ができ、ワープロも打てたため、よく学習を積めば試験に合格できる可能性が少なからずあり、一般企業に就職することも可能だった」として、逸失利益を1,800万円とみなし慰謝料などを含めた賠償額を4,840万円」と判決した。
▼ 本件事故の教訓

1.障害児の体育・スポーツに指導については、教師の情熱と安全のための十分な施設・設備の充実が必要である。
2.障害児が社会に出てから力強く生きるためにも、体育・スポーツの指導は重要である。
3.指導教諭は技術指導以上に救急処置の技術を体得し、学校としては十分な緊急連絡体制を確立しておかなければならない