1.健康診断等の義務
水泳が各種スポーツの中でも最も運動量が大きいものの一つで、身体の呼吸器系、循環器系の器官に大きな負担を与え、また、常に溺死の危険を伴うものであることに鑑みれば、水泳教室の実施にあたっては、事前に健康診断等により、参加者の健康状態が水泳に適しているか否かについて、可及的多くの項目にわたって厳密に調査しておくことが望ましいことはいうまでもない。
しかしながら、本件水泳教室は、市内在住勤の18歳以上の社会人を対象とし、社会教育活動の一環として行われているものである。社会人を対象とする健康診断は、学校における児童・生徒に対する集団検診の場合と異なり、事前に対象者全員の参加を求めて健康診断等の必要性の周知徹底を図ったり、健康診断を実施したりすることは一般的に困難な場合が多く、また、受講者の年齢等に鑑みれば、これらの人々は、各自が事故の健康状態と水泳のもつ危険性について、認識し、判断する能力を有しているものといえる。
さらに、健康診断等は水泳不適格者を発見し事故の発生を未然に防止するための唯一の方法ではなく、受講者に対し、健康状態に関する十分な注意を与え、体調の悪い人は泳がないように注意することによって危険の発生を相当程度防止することができるものであり、講師らが練習開始前に毎回健康状態および水泳練習についての注意を与え、本件事故当日も、Aを含む受講者全員に対し、健康状態の悪い人はプールに入らないように、またプールに入っていて気分が悪くなった場合には直ちにプールから上がるように注意していたのである。そして、受講者は、本件水泳教室において健康診断等が行われないことを案内初等により知り得たのであり、自己の自由意志により参加したものであるから、健康状態に不安のある人は自主的に医師の診断を受けるべきであったのである。加えて、民間で行われている有料の水泳教室および地方公共団体が開設し使用料を徴収している公営プールにおいても、参加者または入場者に対し、健康診断等が行われていないことは公知の事実である。
以上述べたところを総合すると、本件のような地方公共団体による無料の、しかも18歳以上の社会人を対象とする自由参加の水泳教室において、主催者ないし担当職員、指導監視員に健康診断等を実施する義務があるということができない。
2.人員の配置、監視体制
本件水泳教室の講師であるY3は、日本赤十字社水上安全救助員の資格を有し、W市主催の水泳教室およびO市所在のスイミングスクール等で10年以上の水泳指導の経験があること、同じく講師であるY4は、日本水泳連盟公認指導員の資格を有すること、またY5も、本件事故当時、高等学校水泳部に所属し、O市所在のスイミングスクールで3、4年の間指導した経験があり、水難救助面で日本水泳連盟公認の資格を有することが認められ、これら講師および指導らの資格および能力、さらにはプールサイドには保健体育課職員が控えて受講者全員を監視していたことを併せて考えると、本件水泳教室においては、事故を防止するうえで十分な人員が配置されていたものというべきである。
3.事故の発見と救助体制
Aが手中に沈んでいく瞬間を目撃した人がいなかったことについては、Aがもがいたり大声で救助を求めるなどの異常行動をした形跡がなく、突然の急性心不全によって死亡したことからすれば、やむを得なかったものというべきである。そして、この状況下で、水中に浮かんでいたAの発見状況についての諸事実、なかんずく、同グループの友人の言動からすれば、Aは急性心不全を起こして水中に沈んだ後早期に発見されたのであり、かつ、発見後はY3らが直ちにAを水中から引き揚げ、迅速に人工呼吸、心臓マッサージを施し、救急車および医師の手配を遅滞なく行っているのであるから、発見救助体制の点で、講師らおよび担当職員に過失があったものとは認められない。
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