スイミングスクールの指導員自身の指導中の
事故と上司および勤務先の会社の賠償責任

 

指導員の雇用問題

▼ 事故と裁判の概要

 スイミングスクールY1会社のアルバイト水泳指導員Xが、上司Y2の監督のもとで受講生に背泳のスタートの指導をしていたが、受講生の手がXの右眼に当たり、Xが右眼瞼裂傷の傷害を負い、右眼調整力障害を残した。
 XはY2が15名をX1人で指導するよう指示し、また原則としてプールサイドでの指導を禁止し、プール内で指導するよう指示していたのが事故の原因であるとして、Y1には民法第715条(使用者責任)により、Y2には民法第709条(不法行為責任)により、損害賠償を請求した。
 裁判所はY1、Y2の過失を認定して、損害賠償の支払いを命じたが、Xにも過失があったとして5割の過失相殺を認定した。
 なお、本件事故後Xが解雇されたのは、労働基準法違反であると主張したが、裁判所はその請求は棄却した。
(大阪地裁 平成8年1月25日判決)
▼ 事故発生の概要

 判決によれば、事故発生の状況は、次のとおりである。
 本件プールは、長さ25m、幅15mで、7つのコースに分かれており、1コースと7コースの幅は2.5m、2コースから6コースの幅は2mであるところ、本件事故当日(日曜日)、Xは1人でこのプールの2ないし6コースを使用していて、プールに入り成人(中学生以上の男女)クラスの受講生15名に対し、背泳のスタートを指導していた。受講生の能力はまちまちであったため、2コースには最も泳力の低い受講生を配置し、順次能力の低い順に3コースから6コースに配置した。そして3回ほどにわたって、10名余りにスタートさせ、最後に2コースに1名、3コースに1名(A)が残った。そこでXはまず、3コースの受講生Aに対して指導する姿勢にならうように指示したうえ、3コースのAの手足に触れて、スタートの姿勢をさせ、約2m後退して、2コースの受講生が指示どおりの姿勢をとっているかを確認するため、同人のほうに目を向けた。その直後に突然、3コースのAが「ドン」の合図もないのに、バランスを崩した状態で、2コース寄りに飛び出したため、Xの右眼にAの左手が当たり、Xは右眼瞼・角膜裂傷、網膜振盪症等の傷害を負った。
 なおXは1人で指導したが、本来はY1会社の専任コーチY3(社員)と2人で指導にあたり、Y3が主任、Xが補助する予定であった。ところが本件事故当日、Y3が他の用事のため指導できなくなったためXは指導員(アルバイトコーチ)の補充をY2に要請したが、これを聞き入れずXに対して1人で指導するよう命じた。
▼ 上司Y2の監督上の責任

 一般にスイミングスクールにおいては、1指導員が指導できる成人の受講者数は15名前後とされているが、具体的には指導内容、使用コーチ数、受講者の能力、指導員の能力や経験等により決められるところ、背泳のスタートの指導は後記のとおり、危険を伴うものでるため、能力の低い受講生の場合には、1コースにつき1指導員が必要と解されている。
 Y2は、Xらインストラクターに対し、水泳指導の全般にわたり、原則としてプール内で指導するよう指示していた。現に、Y1会社においては、指導員は、きわめて稀な場合を除き、プール内で直接受講生の手足に触れて指導してきた。
 Y1会社においては、入社当初の研修のほかに、月1回程度の研修が行われているところ(ただし、その際にプール指導にあたっている者は参加できない)、背泳のスタートの指導については、指導員との衝突の危険性が伴うため、スタート台から十分に距離をおいて指導するようにとの研修がなされたことがある。そのため、一般にこの距離を5m程度と判断し、スタート台において指導員が手本を示すか、受講生の1人の手足に触れて、スタートの姿勢を指導し、かつ、他の受講生にはこれと同様の姿勢をとるように指示するかして、直ちに5m程度後退して「ヨーイ」の合図をし、「ドン」といってスタートさせてきた。
 Xは前記傷害により右眼から血が出たため、プールから上がってY2に本件事故により負傷し痛みがあると告げたが、Y2は引き続きプールに入って当該クラスの残り時間10ないし15分指導するよう指示した。そこで、Xはプールに入って指導を終え、プールから上がった。なお、Xは当日その後にも他のクラスの指導をする予定であったが、Y2は担当せず、他のインストラクターに代替させた。そしてY2はXに頼まれて、箕面市民病院に、まぶたを切った者がいるから診てほしいと電話したところ、同病院が了承したため、Xは1人で同病院に赴いた。
▼ 上司Y2の不法行為責任

 Xは本件事故当日、Y2の指示により1人で15名の受講生を本件プールの合計5コースを使用して指導していたところ、背泳のスタートのプール内での指導(Y1会社においては原則的に、水中での指導が義務づけられていた)については、その危険性に照らし、泳力の低い受講生を対象とする場合には1コースに1指導員を要すると解されるのに、本件においては泳力の低い受講生を2つのコースに同時に配置したのであり(この方法は予定どおり、Y3とともに指導にあたる場合には適切である)、適切を欠いたといわざるを得ない。すなわちY2としては、予定に反してX1人に指導させることになったのであるから、例外的にプールの上での指導をするよう指示するか、手足に触れて指導する必要のある、泳力の低い受講生を1コースだけに配置するよう指示すべきであった。
 さらにY2は、Xが本件事故により負傷したにもかかわらず、プール内で指導を続けるよう指示したり、平成2年4月21日および22日には、医師の許可した時間を超えて、Xにプールに入るよう指示したものであり、その結果、Xの傷害が悪化した面があるといわざるを得ない。
 よって、Y2には右のとおりの過失が認められるから、Y2はXに対し、民法第709条に基づく責任を負う。
▼ 被告会社の使用者責任

 Y2はY1会社の従業員であり、Y2の不法行為がY1会社の業務につき行われていたことは明らかであるから、Y1会社は、民法第715条に基づく責任を負う。
▼ 過失相殺

 Xは、本件事故当時、1,400時間以上の指導経験をもつ中堅ないしベテランの指導員であったから、背泳のスタートの指導の危険性を熟知していたと推認される。本件事故は、Xが3コースのAにスタートの姿勢をとらせたまま約2m後退したのみで、同人を注視することなく、2コースの受講生のみに目を向けていたために生じたものでって、Aの後方約2mに位置することは、同人の能力に照らし、本件のような危険な事態に至ることが予測できたはずであるから、この点においてXに過失があったといわざるを得ない。さらにXは、Aを注視していなかったために臨機の措置(とっさに水中に逃げるなど)をとることができなかったのであるから、この点にも過失が認められる。
XはY2から、前記2mの場所に位置して、背泳のスタートの指導をすべき旨指示されていたと供述するが、Y1会社においては、スタート台から十分な距離をおいて指導するように研修が行われていた事実や、他の指導員がスタート台から5mの位置で指導していた事実等に照らし、この供述は信用できない。
 Xとしては、予定に反して1人で指導することになったのであるから、原則として許されていなかったプール上で指導する方法はとれなかったにしても、より安全な距離をおくとか、能力の低い受講生を配置した2コースと3コースについては、同時にではなく異時に、この受講生を注視して指導するなどの配慮をすべきであったということができる。
 以上を総合して考慮すると、Xの過失相殺を5割とするのが相当である。
▼ 本件解雇および違法性

 労働基準法第19条は、労働者が業務上負傷し、療養のために休業する期間およびその後30日間における解雇を禁止している。したがって、ここにいう休業期間は、業務上負傷したために治療中であるというだけでなく、それにより少なくとも一部休業中であることを要求すると解される。
 ところでXは、本件事故後、治療を続けながら事務の仕事やプール内での指導を行ってきたが、症状が悪化したため、平成2年4月23日以降は、プール内での指導をしなくなり、同月26日付の治癒までの期間の休業加療を要する旨の、K病院医師作成の診断書を提出した。その後Xは、本件解雇までの間に2日間同病院に通院したが、同年5月10日には格別の異常はみられなくなった。そこで、Xは翌11日以降、ほぼ連日プールに入って指導を行うようになり、同年7月13日(本件解雇日)までに575時間水泳指導をした。なお、Y1会社は、同月19日から同年8月13日までの間、静岡県において「すくすくスクール」(海で児童に水泳指導などをする合宿)を開催したところ、Xはこのスクールに指導員として参加する予定になっていたため、このスクール期間中に目に異常事態が生じ、通院する場合に備えて、同年6月18日には、K病院の医師に紹介状を作成してもらった。書面には「右眼下方に裂孔があったので、隅角解離がみられるようだが、眼圧は正常、。現在は飛び込み等も許可している」旨記載されている。
 Y1会社は、本件解雇後の平成2年7月18日、労働基準監督署の勧告に基づき、労働基準法第20条所定の予告手当12万1,000円(30日分の平均賃金)を支払い、Xはこれを受領した。
 認定したところによれば、Xは平成2年5月11日以降、休業することなく出勤のうえ、従前どおりプール内で水泳指導を行っており、また、当時のXの症状は休業を要する状況ではなかったといわざるを得ないので、本件解雇は、労働基準法第19条にいう、休業期間後30日を超えてなされたものとなり、同条に違反しない。
 なお、Y1会社が解雇予告手当を支払ったのは、解雇後の平成2年7月18日であるから、本件解雇はこの時点で効力が生じた。
 よって、本件解雇は労働基準法に違反せず、有効であるから、被告らには本件解雇について不法行為は成立しない。
▼ 本件事故の教訓

1.スポーツ指導者は指導にあたる際に、本人自身の安全についても十分注意すべきである。
2.スポーツクラブの経営者は、指導員の安全管理についても配慮する責任がある。
3.スポーツクラブの経営者は、指導員の事故に対する補償体制を確立して、指導員が安心して指導活動ができるようにしなければならない。