春山合宿訓練中死亡事故2/3
(山形地裁昭和49年4月24日判決、伊藤堯著『体育法学の課題』道和書院、1980年、117頁
『体育・スポーツ事故責任 安全対策質疑応答集』第5章野外スポーツ 4312頁)
東京女子体育大学助教授
入澤 充
2.事件の争点
【検察官の主張】
被告教諭は「天候の激変しやすい春先の同連峰においては、雨が吹雪に変わる等さらに天候の悪化することが容易に予想され、かつこのような地形・気象状況のもとに、登山経験不充分で肉体的、精神的に未熟な右Aら生徒を引率して前進を強行するときは、指導者として右Aら生徒の掌握も著しく困難となるのは勿論、天候・地形状況等の悪条件による急激な気温低下や体力消耗のため進退不能となり、ひいては寒気と疲労による凍死等不測の事態の発生も容易に予測される状態にあったのであるから、このような場合生徒らを引率して登山訓練の指導にあたる山岳部顧問としては、その職務上、直ちに前進を中止して、前記竜門山に引き返し、同所より避難路をたどって最寄りの日暮沢小屋に避難するか、あるいは風向きなどを顧慮して適当な場所に不時露営して天候の回復を待つ等臨機の措置をとり、万一前進を続ける場合も、生徒らの隊列を離散することのない様に常時同人らの動静に注意を払うとともに、生徒らの体調を適確に観察把握し、状況に応じて摂食・採暖・休養の方法をとる等万全の措置を講じて、予測される事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、自己の登山経験と生徒らの体力を過信するの余り、漫然生徒らを引率してそのまま大朝日岳方面に前進を強行」した。
さらに被告教諭は特に「生徒Bが寒気と疲労により著しく体力を消耗して次第に無口になり、自力で輪かんじきをつけることも取りはずすことも困難となったうえ、歩行中転倒しても直ちに起きあがれない等全く異常と認められる行動を示しそのまま前進を続けるときは疲労のため凍死する等最悪の事態発生が容易に予測される状態にあったから、自ら直ちに右Bの健康状態を確かめたうえ、全員不時露営して休養し、採暖・摂食等の応急措置を必要としたにも拘わらず、そのまま強いて前進を続けさせ」た。そして右生徒Bは「更に体力を消耗し、全く歩行困難となって、被告人・(生徒)Dおよび(生徒)Cの集団より100m余も遅れ、Aの助けを受けながら間もなく歩行不能となって停止したのにこれを顧みず、かつAより即刻Bの右危険状態の報告を受けながら、自ら引き返してBの様態を確かめたうえ同人に対し救護のための必要な措置をとることなく、同人らにより先行した中岳上り口より約60m前進した地点で、DおよびCと不時露営し、漫然Bをそのまま放置したため、Bをして同日午後6時ごろ、同連峰中岳上り口付近において寒気と疲労のため凍死するに至らしめた」。
被告教諭は生徒Bの死亡を確認したのち、D・C・Aを伴い、さらに大朝日岳に登頂すべく出発したが、途中、今度はD・Cが疲労のため次第に歩行困難となって取り残されていった。
しかし被告教諭はD・Cの動静を全く顧慮することなく漫然と前進を続けたために、D・Cは寒気と疲労のためついていけず凍死してしまった。
3.裁判所はどのように判断したか
ラジオの天気予報を聞いた時点で体調の悪化を訴えた生徒はいないから、雨が強くなっただけで死亡したB君の生命の危険を予見し、ビバークする注意義務はない。B君が疲れたと訴えたときは引き返して救護措置をとる結果回避義務はあるが、すでに救護措置をとることは不可能な状態にあった。たとえ措置をしたとしても蘇生は疑問であるから回避義務はなくなった。さらにD君はシュラフの中で死亡しており、被告教諭は漫然とうしろをかえりみず放置したため空腹と同僚の死による衝撃で取り残され凍死したという根拠はない、と教諭の「注意義務違反」は否定した。
しかし、高等学校山岳部顧問としての職務を「業務」として以下のように認定した。つまり「刑法211条前段にいう「業務」とは、人が社会生活上の地位に基づき、他人の生命身体等に危害を与えるおそれのある行為、反復継続の意思で行うものをいう」とした上で、社会生活上の地位とは、被告人の「勤務時間等の教師の労働条件、部活動に要する資金の捻出先等を考慮すると、本件春山合宿登山が高等学校学習指導要領にいう特別教育活動としてのクラブ活動に厳密な意味で該当するかどうか疑わしいが」、「被告人の勤務先たる山形市立商業高等学校の教育活動と密接な関係を有し、社会的にもそのような評価を受けていること、被告人に支給される本件春山合宿登山の旅費等は、公務出張という形を借りる場合と、それよりも簡易な形をとる場合の2通りがあるものの、同校の父兄等から集められた準公費的性格を有する教育後援会費で賄われていること、および被告人は長年同校山岳部の顧問をつとめ、被告人と一緒に登山する部員及びその父兄をして、被告人と一緒ならという信頼感を抱かせていたこと等に鑑みると、本件春山合宿登山は、被告人が厳密な意味の教師という社会生活上の地位つまり教師の職務そのものとしてではないものの、教師の職務と密接な関係にある特殊な社会生活上の地位に基づき行われたと認めるのが相当である」と判断をした。
また、他人の生命身体等に危害を加えるおそれのある行為については、「その者の行為が直接危害を作り出す性質のものである場合のほか、その者が危険を生じやすい生活関係において予想される危険の発生を防止することを期待される地位においてある仕事をしている場合もまた包含される」。本件春山合宿登山は直接危険を作り出す性質のものではないが、「春山合宿登山は、雪崩・寒気・転落等により遭難する危険性が極めて大きい生活関係であり(登山というスポーツは危険と絶えず対峙しながら自己の体力および知力を使い尽すことにその本質がある)」「被告人は豊富な登山経験及び優れた登山技術を有し、しかも本件春山合宿登山を同校教師の職務と密接な関係にある特殊な社会生活上の地位に基づきこれを行ったこと、高校生たる部員4名は成人に近い体力および判断能力はこれを有するものの、それを総合した能力、登山経験、登山技術等においては必ずしも十分でないこと等に照らし、被告人は本件春山合宿登山に際し、右部員らを適切に指導して、場合によればその予想される危険からこれを保護すべき立場にあったと認めるのが相当であり、結局被告人は、本件春山合宿登山に際し、他人の生命身体等に危害を加えるおそれのある行為を行っていたというべきである」と判断した。
反復継続については、被告人が昭和26年から本件遭難に至るまでの間毎年継続して同校山岳部顧問となっており、各種登山競技大会にも参加する同校山岳部を指導し、本件遭難事故の前の40年、41年の春山合宿登山には朝日連峰に行っていたことが認められるから反復継続の意思で行っていたと認められる。
このように認定した上で「被告人は教師の職務と密接な関係にある |