「小学校日時計転倒死亡事件」3/3

第00046号
2003年5月7日 更新

「小学校日時計転倒死亡事件」3/3

(東京地裁、平成9年11月21日判決(控訴中) 損害賠償請求事件、判時1640号143頁)

弁護士 菅原 哲朗

 

3.本判決の解説と問題点の整理

(1)公の営造物の利用による事故の場合、施設管理者の予見可能性を越えた「異常な用法」に基づく事故は不可抗力として、設置・管理に瑕疵があるとは言えない。

判例は公の営造物の設置・管理の瑕疵(国家賠償法2条1項)について、「当該営造物が通常有すべき安全性を欠く状態をいうが、右安全性の有無を判断するに際しては、単に営造物の構造のみならず、その用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合的に考慮すべきである。」とする。
そして、本事件の場合、A君のような小学1年生(6歳)という低学年の児童の行動としては、日時計を教材として興味をもって使用し触れるのみならず、これを遊具として好奇心をもって接したり、気楽に戯れたりし、場合によってはこれによじ登る可能性があることは、学校側の安全配慮として通常予測可能な範囲内と言える。つまり、A君の行動は、施設管理者たる学校の予見可能性を越えた「異常な用法」に基づく事故との抗弁は成り立たないのである。
したがって、結論として日時計が通常有すべき安全性を欠くので管理の瑕疵ありとして損害賠償が認められることとなった。

(2)過失相殺

A君の危険の接近にたいする理解度と学校側の監督不十分さを判例は損害賠償請求金額のうち「3割の過失相殺」という形で判断した。
いくら低学年の児童でも、乗り物ではない物に乗るべきではない、そして本件日時計は遊具として寄りかかる、あるいはそれによじ登るものではない、との危険に対する常識を理解する「事理弁識能力」はある。したがって、自ら危険を招いた過失責任を負わなければならない。
しかし、学校側は持久走を見学中の児童が退屈し、見学以外の行動を起こす予測に対する対策ミス、付添い監督する教師を配置しなかった過失があり、低学年児童の「安全配慮義務」を尽さなかった注意義務違反があるので、双方の過失を公平の観点から斟酌して3割の過失相殺を認容するのは妥当であろう。

 

スポーツ法律用語解説

『過失相殺(かしつそうさい)』

民事責任を問う損害賠償事件においては、民法722条2項により被害者に過失があるとき「過失相殺」として賠償金額を算定するさいに、裁判官の判断で「被害者の責任負担分」を認めて減額し、調整をはかることが出来る。
「被害者の過失」とは被害者側を意味し、父母の過失によって賠償額を一部控除された判例も存する。最高裁判決は昭和39年6月24日、「被害者に責任能力がなくても、事理を弁識できる知能が備わっていれば過失相殺出来る」と認め、この考えが法律的に通説になっている。
言い換えると、過失事件は、「つい、うっかり」という注意義務違反の責任が問われるので、一方当事者の違法と言える故意事件と異なる。つまり、当事者双方の注意義務違反や種々の自然・人的要因(天災・人災)が絡み合って身体傷害・死亡という重大な結果が発生する場合が多いことから、一方のみの責任と判断出来ず、損害の公平な負担を図ろうとする観点から損害賠償の金額を減額する法律制度である。


スポーツネット・ジャパン お問合わせ リンク集 よくある質問と答
c2002,SPORTSNET-JAPAN.COM. All Rights Reserved.


20030311-150033.html> 20030522-160045.html>