「小学校日時計転倒死亡事件」1/3

第00044号
2003年3月3日 更新

「小学校日時計転倒死亡事件」1/3

(東京地裁、平成9年11月21日判決(控訴中) 損害賠償請求事件、判時1640号143頁)

弁護士 菅原 哲朗

市立小学校の校庭に設置されたコンクリート製の日時計に小学校1年生がよじ登るようにして体重をかけたため倒壊し、下敷きになって死亡した事件である。東京地裁は低学年の児童の行動として日時計に興味をもって触り、遊び道具としてよじ登る可能性が予測されるとして市に日時計の安全管理に瑕疵があるとして国家賠償法2条1項の責任を認めた。但し、小学生にも日時計は乗ったりよじ登るものでないと理解できるとして、過失相殺を3割と認定した。

1.事故の概要

(1)事件はどのようにして起こったのか?

平成7年12月1日午前10時40分ころ、Y市立小学校の学校行事として校内持久走大会が催されたが、A君(小学校1年)は風邪のため参加しないで見学していた。A君が見学していたのは日時計が設置されていた築山の芝生であり、付添いの教師はいなかった。近くの教師が目撃したときは、A君が日時計に抱き抱えるような形で覆いかぶさり、その瞬間、日時計が後方に傾き、A君と日時計が同時に崩れ落ちた。A君は病院に運ばれたが12月24日外傷性十二指腸破裂、腹部打撲、多臓器不全などの傷害で死亡した。

(2)「公の営造物」たる日時計の構造と危険の度合いはどうだったのか?

コンクリート製日時計はY市立小学校の昭和51年度の卒業記念品で台座・支柱・文字盤の三段階構造で、高さが96.5センチ、支柱の重量は60キロ、文字盤の重量は68.4キロであった。しかし、台座・支柱・文字盤が単に積み重ねられただけで、それぞれは固定されていなかった。日時計の前面は芝生で、立ち入りは自由で、Y市立小学校の児童は、日頃、日時計に寄り掛かったり、周囲で記念撮影をしたりして、Y小学校の教師は台座・支柱・文字盤が単に積み重ねられただけとの構造を認識しておらず、安全点検の対象とされず、かつ日時計倒壊の危険があると考えていなかった。

(3)事故の原因は「本来の用法」を越えたA君の異常な行動と言えるのだろうか?

被告となったY市は日時計の管理について「営造物が通常有すべき安全性に欠ける点はない。」と反論した。
つまり、日時計は事故当時、文字盤に日影を落とす金属製の棒が取れて、日時計としての役割は果たしていなかった。しかも、日時計は卒業生の卒業記念品として、設置当時から、日時計としての機能は期待されておらず、記念碑的なものとして扱われ、記念碑的なものとして扱われる限り危険な点はなかった、と言うのである。
逆に言うと、小学生にも日時計は乗ったりよじ登るものでないと理解できるもので、事故の原因は専らA君の異常な行動と言える、と反論するのである。
(4)学校側の日時計への安全管理は十分だったのか?
原告の主張は「日時計は設置から20年を経過し、老朽化も十分考えられたにもかかわらず、安全性について点検もされていなかった。」「担当教師は、身内に不幸があったとの連絡を受けて早退し、その他の教師も、持久走をしている児童らに気をとられていたため、A君の動静に注意を払っていなかった。」と学校側の児童に対する安全配慮に欠けた注意義務違反を指摘する。

スポーツ法律用語解説

『過失相殺(かしつそうさい)』

民事責任を問う損害賠償事件においては、民法722条2項により被害者に過失があるとき「過失相殺」として賠償金額を算定するさいに、裁判官の判断で「被害者の責任負担分」を認めて減額し、調整をはかることが出来る。
「被害者の過失」とは被害者側を意味し、父母の過失によって賠償額を一部控除された判例も存する。最高裁判決は昭和39年6月24日、「被害者に責任能力がなくても、事理を弁識できる知能が備わっていれば過失相殺出来る」と認め、この考えが法律的に通説になっている。
言い換えると、過失事件は、「つい、うっかり」という注意義務違反の責任が問われるので、一方当事者の違法と言える故意事件と異なる。つまり、当事者双方の注意義務違反や種々の自然・人的要因(天災・人災)が絡み合って身体傷害・死亡という重大な結果が発生する場合が多いことから、一方のみの責任と判断出来ず、損害の公平な負担を図ろうとする観点から損害賠償の金額を減額する法律制度である。


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