「高校体操部員跳馬練習受傷事故」1
(横浜地裁、平成9年3月31日判決 損害賠償請求事件、判時1631号109頁)
県立高校の体操部員が跳馬でC難度の技を練習中に後頭部から落下し、頸髄損傷等により負傷した事故で、受傷した生徒とその両親が、事故は顧問教諭の指導上の過失によるものとして国家賠償法1条に基づき損害賠償を求めていた事件で、裁判所は顧問教諭の過失を認め、県に対して国家賠償責任を認めた。
事件はどのようにして起こったのだろうか
K県立高校の1年生で体操部員のA君(16歳)は、中学時代から体操部に所属しており、優秀な競技成績を修めていた。昭和62年11月15日、当日は日曜日であったが、午前中から高校の体育館で体操部の練習に参加していた。体操部顧問のB教諭の立会いのもとで、跳馬の手前に踏切板を設置し、着地側にエバーマット(ウレタンマット)を立て掛けた状態で跳馬の練習が行われ、A君らは、基本練習を何回か繰り返した後、午前10時40分頃から個別練習に入った。B教諭が、A君に対して練習方法を細かく指示し、指導したのは、このときが初めてであった。
B教諭はA君に対し、「今日は転回前宙(前転とび前方抱え込み宙返り)をやるぞ。」と指示した。A君は、10月の新人戦以来、この技の練習をしていなかったが、B教諭の見ている前で、跳馬手前で跳躍し、跳馬の上で倒立した状態から跳馬を両手で突き放し、空中で体を抱き込みー回転半して着地する技を2〜3回練習した。しかし、A君は、一応の回転はするものの、以前と同様、両足の振り上げや跳馬の突き放しが不十分で、着地の際、腰から背中にかけて落ちたり、前のめりになったりする状態であった。
このとき、女子部員が、B教諭に段違い平行棒の演技の補助をして欲しいと申し出たため、B教諭はA君に対し、「本件技を練習するときは、宙返りを無理に回そうとせず、背中から落ちる程度の回転でよいから、回数をこなすようにすること。」という旨の指示を与え、A君のところから離れた。A君は、B教諭の指示を、背中から落ちるようなとび方を繰り返すうちに回転に馴れ、不安感がなくなるという趣旨のものと理解し、背中から落ちるためには、回転の途中で体を開き、回転を失速させる必要があると考えた。
そこで、A君は、B教諭が離れた直後、本件技を試み、回転の途中で意識的に体を開いたため、後頭部から跳馬前方のエバーマットに落下し、頸髄を損傷する傷害を負った。その結果、完全四肢麻痺等の後遺症が残った。
当事者はどのように主張したか
【指導していたB教諭に過失があったか】
<A君および両親の主張>:B教諭の指導は、指導計画の欠如、技術面・安全面の指導の欠如、立会い義務違反、物的・人的設備の不備、および校長の安全配慮義務違反があった。また、B教諭の「無理に回ろうとしないで背中から落ちるようにしろ。」との指導は、本件技に習熟していないA君に対するものとしては、不適切であり、その意味を十分理解できず、B教諭の言葉どおり背中から落ちようと意識した結果、本件事故が生じた。と主張した。
<B教諭と高校側の主張>:高校生は、肉体的、精神的に成熟しており、成人に近い判断能力を有していることから、高校の部活動においては、生徒の自主性が尊重されるべきである。顧問教諭は、生徒の自主的な活動を側面から補助すべき立場にすぎない。など、原告のA君らの主張に対抗した。また、「無理に回ろうとしないで背中から落ちるようにしろ。」との指導については、回転に失敗した場合の措置として、そのまま体を抱え込んでいれば、悪くても背中から落ちる旨指導したのであり、背中から落ちること自体を練習の目的とするかのような指示を与えるはずがない。と主張した。
スポーツ法律用語解説
「国家賠償法第1条」
「国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ず。」という条文で、国公立の学校の教員の過失などによって事故が発生した場合には、その損害を学校の設置者である国または地方公共団体が賠償する責任があると定めている。
○「公権力の行使」の解釈には、権力的作用(例:税の賦課)と非権力的作用(例:教育行政)の解釈があるが、体育・スポーツに関する事件で国家賠償法1条を適用した判例には、公立小学校における水泳中の児童溺死事件や公立中学校の柔道部練習中負傷事件などさまざまな事例がある。
○ 私立学校の場合には、本条の適用はなく、民法第709条(不法行為責任)、715条(使用者責任)が対象条文になり、その施設・設備の占有者又は所有者の責任が問題となる。
<次回に続く>
次回は、裁判所の判断と問題点
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