「スポーツクラブ、水泳プール転倒負傷事件」(1)

第00027号
2002年9月27日 更新

スポーツクラブ設置者の工作物責任と免責特約の法的性格
「スポーツクラブ、水泳プール転倒負傷事件」(1)

(東京地裁、平9.2.13判決 損害賠償請求事件、判時1627号129頁)

小笠原 正

日本スポーツ法学会会長
東亜大学通信制大学院教授


スポーツクラブの会員が、水中体操に参加した後、廊下の水に足を滑らせて転倒し、負傷した事故について、設置者の工作物責任が認められた。又、入会時の免責特約の法的効力について裁判所が判断しており、参考になる判例である。

1.事故はどのようにして起こったのだろうか

被害者Aは、Yスポーツクラブの個人正会員として本件施設を利用していた。
本件施設一階にあるプールで行われた「アクアフレックス」と称する水中体操に、約15名の会員と共に参加し、終了後参加者と一緒にプールから上がった。シャワーを浴び着替えのため素足で階段を上って二階のロッカールームに向かった。ロッカールームに通ずる廊下(ナラの木の小市松によるフローリング床)を少し左に進み、階段と自分の行こうとしている通路部分とを隔てている柱に沿って左に
曲がろうとした際、コンクリート壁付近の箇所にたまっていた水に左足が右横方向に滑り、足を取られるようになって身体の左側面を下に転倒していき、手をつこうとした瞬間に、左手が柱の角に当たり、その結果、左尺骨茎状突起骨折等の傷害を受けたものである。

2.裁判所はどのように判断したのか

スポーツクラブ会員が利用するプールは二階にあり、ロッカールームに向かうためには一階から水着のままでこの廊下を通ることとなり、プール利用者の身体から水滴が落ち、水たまりが出来るところである。そこで事故発生防止のための設備の設置又は保存の瑕疵が問題となる。すなわち、施設の設置者の工作物責任についてである。さらに、本件スポーツクラブ入会時の免責特約の法的効力につ
いて判断している。

1)スポーツクラブ設置者の施設の設置又は保存の瑕疵について

民法717条1項にいう「土地ノ工作物」とは、土地に密着し、人工的作業によ って成立したものであると解されている。又、同条項にいう、「工作物ノ設置又ハ保存ニ瑕疵アル」とは、当該工作物が当初から、又は維持管理の間に、通常あるいは本来有すべき安全性に関する性状又は設備を欠くことをいい、当該工作物自体の危険性だけでなく、その危険を防止する機能を具備しているか、いないかも併せて判断しなければならない。
この廊下は、プール、シャワー利用後よく体を拭かず、水着が水分を相当含んだ状態で利用者が交通することが少なくなかったため、水滴が飛散し、しばしば滑りやすい状態になったこと、前記コンクリート壁付近は利用者の身体から落ちた水滴が集まって小さな水たまりが出来やすく滑りやすかったこと等から、利用者は素足でこの廊下を通行するので、転倒して受傷する危険性があった。しかるに、カラーすのこを敷くなどしてこのような危険を防止する有効な措置が取られていなかったのであるから、本件施設には、設置又は保存の瑕疵が有ったものと解するのが相当である。

2)免責特約について
このスポーツクラブでは、入会申込希望者に対して、入会申込書類と共に会則を公布している。入会申込書には「私は、…(中略)…別紙クラブ会則…(中略)…を承認の上、入会を申し込みます。」と不動の文字で印刷されていた。このように、Yスポーツクラブによって一方的に定められ、多数の会員に統一的に適用されるべき定型的なものについては、一般的、平均的な入会申込者ないし会員にとって、予期可能であり、かつ、合理的に理解することが出来る内容のものとして、客観的、画一的に当該条項を解釈すべきである。そのような合理性を備えていないときには、当該条項は会員に対する法的効力を有しないと解するのが相当である。

次に、本会則は、「本クラブの利用に際して、会員本人又は第三者に生じた人的・物的事故については、会社側に重過失の有る場合を除き、会社は一切損害賠償の責を負わないものとする。」と定めているが、この規定は、社会通念を踏まえて、スポーツ施設を利用する者の自己責任に帰するものとして考えられることについて、事故が発生しても、Yスポーツクラブに故意又は重過失のある場合を除き、Yスポーツクラブに責任がないことを確認する趣旨のものと解するのが相当である。

スポーツ法律用語解説

『WAIVERFORM(免責同意書)』
すでに触れたように、ウエーバーフォーム(免責同意書)は免責特約と同種のものと考えられる。これは、スポーツ・スクールの経営者やスポーツ競技の主催者などが、施設内あるいは競技主催中に発生した事故等から、責任を免れようとして「会則」「参加誓約書」などに、「会員本人又は第三者に生じた人的・物的事故については会社側に重過失の有る場合を除き会社は一切損害賠償の責を負わない」といった規定をおくものである。
この規定の目的は、スポーツ事故によって起こるトラブルの回避、ゆすり・たかりを心理的に抑制する、事故防止、予防の自覚・確認のためなどであるが、その法的効果は、民法90条の「公序良俗」に反する行為であり、無効と解されている。アメリカの判決(1992年バージニア州最高裁判決)も同じような判断である。

 

<次回へ続く>

 


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