高校ラグビー熱中症事故における
監督の責任と使用者の責任
「高校ラグビー部熱中症死亡事故」(2)
(静岡地裁沼津支部、平成7年4月19日判決 損害賠償請求事件、判例時報1553号114頁)
小笠原 正
日本スポーツ法学会会長
東亜大学通信制大学院教授
<前回からの続き>
3.本判決の解説と問題点の整理
本件は、熱中症の判断と、高校におけるスポーツの指導者の在り方、とりわけその指導方法や資質の問題を提起している。また、部の部長の立場とその責任、校長の責任、そして学園の設置者であり雇用者である学園法人の使用者責任を検討している所に特色がある。以下、順次検討して行くこととする。
(1)熱中症について
我が国におけるスポーツ活動中における熱中症発生に関する研究は、日本体育協会が「スポーツ活動における熱中症事故予防に関する研究班」を設置したことを契機に活発に行われるようになり、その研究の成果が、平成3年度日本体育協会スポーツ医・科学研究報告、No.[「スポーツ活動における熱中症事故予防に関する研究−第1報−」(H4年)として発表され、さらに、平成5年には第2報が、平成6年には『スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック』が、それぞれ日本体育協会から発行されるに至っている。また、各競技団体も独自の熱中症予防対策を立て、パンフレット等を作成しているのが現状である。
本件ラグビーの場合も、当時、財団法人日本ラグビーフットボール協会が「ラグビーフットボールにおける安全対策」という小冊子を発行し、その中で熱中症の予防として、選手の様子を観察することが重要であり、顔色が悪かったり、動きが鈍かったり、ふらつくような場合には直ちに休ませ、水分を補給させる必要があるとしており、この点からも監督Y2の注意義務違反による過失が有ったとしていることは、各競技団体の事故防止対策の在り方が重要性を増して来ているということである。
(2)ラグビー部監督の指導者責任
監督Y2は、当時C級ライセンスを持ち、高校時代一流の選手として活躍しており、ラグビーに対する知識は十分もっていた。しかし、ラグビー指導上部員にたいし、時に感情的となり、威圧的な大声を出したり、蹴飛ばしたり、殴るなど暴力をふるうこともあった。本件においても、練習試合に負けたことに立腹して、試合後休息を取る事なく過度なアフター練習を強いており、高校スポーツの指導者として、部員の身体生命に不慮の事故が発生しないように、冷静に日常の健康状態等を観察するといった注意義務があることは当然としなければならない。同ラグビー部では、練習の最中に監督の許可なしに水を飲むことが禁止されており、部員が体調が悪いときでも監督に練習を休みたいと言いにくく、無理して参加し、監督に命ぜられるまま体力と気力の限界まで頑張ってしまうという状況があり、これが今回の死亡事故につながったということは、スポーツへの情熱と裏腹に高校スポーツの指導者としての資質の問題もなかったとはいえないであろう。
(3)部長の責任
ラグビー部長Y3は、ラグビーの経験はなくコーチCとフィットネスコーチDがいたことから直接指導することはなく、会計・庶務を担当し、練習用具の注文や父母会開催の通知などの対外的・事務的な仕事を主としていたものである。立場上監督の上位にあるが練習計画の立案や指導、部員の健康管理・安全管理などは名目的なものであり、実質的には監督がその権限をもっていたことを考慮すれば、本件死亡事故の過失責任があるとは認められない。
各高校においても、多かれ少なかれ部長はこのような立場にあると思われる。しかし、高等学校における教育指導上の立場があるのであるから、部全般の状況を把握し、監督・コーチとの連絡を密にし、事故の起こらないように配慮する一般的な注意義務がないとはいえないであろう。
(4)校長の責任
校長は、部長、監督、コーチ等の選任等を通じて、一般的に監督・コーチに対する指導監督を行っているというべきであり、本件事故も、ラグビー部活動の現場に置いて発生した言わば突発的な事故であるから、監督・コーチに対する指導上の義務違反はないと認められる。
まして、監督の練習方法に過失が有ったのであるから校長の過失責任とすることはできない。
(5)学園(高校)の使用者責任
監督Y2は、Y1高校の教諭であり、学園のラグビー部監督として合宿練習の指導に当たり、その際、過失によって本件死亡事故を起こしたのであるから、Y1高校は、監督Y2の使用者として民法715条1項により、本件の死亡事故により被った損害を賠償する義務がある。本件は、私立学校における事故であることから、民法715条1項の不法行為責任による判決ではなく、民法415条に基づく債務不履行責任とすることもできたはずである。私立高校における学園と生徒の関係は、在学契約に基づくものであり、生命及び健康を危険から保護するという安全配慮義務が発生すると見ることができるからである。本件が債務不履行責任についての判断をしなかったのは、監督Y2の注意義務違反を民法709条の過失による不法行為責任としたことによるものと考えられる。
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