教員の体育実習研修における主催者側の責任
「教育委員会主催水泳講習会での小学校教諭溺死事件」(2)
(神戸地裁、昭63.12.13判決 損害賠償請求事件、判時1323号113頁)
吉田 勝光
中京大学体育研究所
<前回からの続き>
小学校の新任教員が、市教育委員会主催の体育指導力向上を目的とした講習会に参加したところ、最終日の水泳講習中に溺死した。市側に安全配慮義務の違反はなく、市教委職員にも、ペアーを組んだ者にも過失はないとして、両親の請求が退けられた事件である。
2.裁判所はこの事故をどのように判断したか
1)当事者の主張
原告側は、訴訟で次の3つを根拠にして、損害賠償をK市に対して請求した。
@安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任(K市教委職員は、研修を実施するにあたり、この安全配慮義務を怠ったと主張)、
A国家賠償法1条1項に基づく責任(K市は、K市教委職員が実施計画した研修において、これらの者の過失(注意義務違反)によって生じた損害を賠償する責任があると主張)、
B民法715条に基づく責任(Fとペアーを組んだ岸田教諭に過失(「…安全を確認しあうペアーであるから死んでも離れてはいけない。」と指示を受けていたにもかかわらず、相手Fの動静に注意していなかった)があり、岸田教諭の使用者であるK市が責任を負うと主張)。
2)裁判所の判断
K市教委職員には、安全配慮義務又は注意義務違反がなく、またペアーを組んだ岸田教諭にも過失はないとして、原告の請求を否定した。以下、K市教委職員の義務違反を中心に述べる。裁判所は、次の4項目について検討している。
a.水泳講習会の講習日程の企画及び実施、特に水泳講習を最終日においた企画及び実施について
原告から訓練の厳しさが指摘された。裁判所は、厳しい訓練の連続ではなかったと認定した。また最終日に水泳の講習会をもってきたことは「安全配慮の欠落」とはいえないと判断した。
b.当日水泳講習を実施したことについて
裁判所は、水泳講習会の開始当時、海の客観的状況は水泳実施に不適切ではなかったとして「安全配慮の欠落」はないとした。
c.水泳講習実施前の準備及び講習実施中の監視態勢について
裁判所は、指導主事らが次のことをしていることをもって準備及び監視について「安全配慮の欠落」はないとした。
@当日会場を事前に調査したこと。
A漁業組合関係者に照会したこと。
B受講生に遊泳にあたっての注意をしたこと(特にペアーを編成し、安全確認のため死んでも離れてはならないと指示した)。
C体調の悪い者は申し出るようにと指示したこと(4名あり)。
なお、原告側は、気象条件等が実施するのに不適切であるとの見地から「監視台はもとより他の場所に監視人を配置していなかった」ことを主張する。他方、被告側は、指導主事らが見通しのきく場所に本部から、講習会の講師らが海の中から、それぞれ監視していた旨を述べている。しかし、裁判所は、監視人を置くべきであったかどうか、については、触れていない。
d.救助活動について
全体として適切であったとした。
3.本判決の解説と問題点の整理
教育の場では、生徒の安全に目がいきがちである。しかし、教員の安全へも十分な心配りが必要である(安全配慮義務)。本件訴訟は、研修中の教員への安全の配慮の当否が問われたものである。
本件訴訟では、K市教委職員の義務違反については、前記4つの観点から検討が加えられた。これらは、今後の同種の研修を実施する場合に研修担当者が、特に留意すべき事項として参考となろう。
最近は、安全の確保や教育行政事務の合理化の下、マニュアル作りが盛んである。それ自体は望ましいことである。しかし、研修担当者は、これを過信すべきではない。また、過去の例にそのまま安易に従うことも許されない。なぜなら、安全配慮義務又は注意義務の具体的内容は、ケースごとに異なり、一律ではないからである。
今回の事故では、Fが新任教員であったことが事故発生の一因とはされなかった。
新規採用教員については、小学校では、本件判決後の平成元年度から、いわゆる初任者研修が実施されるようになった。担当授業時間等の軽減は図られているものの、1年間にわたる。この研修の他に更に別の研修が加わると負担が大きい。研修主催者の配慮だけではなく、校長等の学校関係者の配慮も必要とされる。
スポーツ法律用語解説
『安全配慮義務』
特別な社会接触の関係に入った当事者間に認められる、当事者の一方又は相手方に対して、生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務。この用語は、自衛隊員が車両整備工場で車両を整備していた最中に、仲間の運転する大型自動車の後車輪で頭部をひかれ、死亡した事件(最高裁昭和50年判決)で初めて使用された。この「特別な社会接触の関係に入った当事者間」の例としては、国・地方公共団体と公務員間、学校設置者である国・地方公共団体と生徒間などがあるとされる。
この義務に違反した場合には、債務(義務)不履行による損害賠償責任(民法415条)を負う。従って、損害賠償請求権の消滅時効期間は、3年(不法行為責任)ではなく、10年となる。
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