「高校体育プール逆飛込受傷事件」

第00020号
2002年9月2日 更新

体育水泳指導における教師の注意義務違反と過失相殺
「高校体育プール逆飛込受傷事件」

(大阪高裁、平6.11.24判決 損害賠償請求事件、判時1533号55頁)

小笠原 正

日本スポーツ法学会会長
東亜大学通信制大学院教授

県立高校の一年生が、体育の授業で行われた逆飛込の練習で、プールの底に頭を打ち頸椎・頸髓損傷等を負い、下半身が不随となった。この事故に指導教師の過失があったとして損害賠償請求が認められた事件である。

1.事故はどのようにして起こったのだろう

Y県立高校の体育の指導教諭であるX教諭は、体育の授業中プールで逆飛込みの練習中、一年生Aに対し、あごをひいて両手を伸ばし、手から入水するよう指示して逆飛込みをさせた。X教諭は水泳の授業中に逆飛込みによって頸椎損傷が起こることはないと考えており、生徒に対し、飛び込みの姿勢等によって頸椎損傷のような重大な事故が起こる危険性があるという具体的な注意を一切していなかった。
しかし、水泳の逆飛込みによる頸椎・頸膸損傷の事故は、初心者には見られず、比較的水泳に親しんでいる者に発生しやすいものである。一般の大学生はもとより、小・中学生であっても、水面上20ないし70センチのプールから逆飛込みをする際、入水角度が45度以上であり、しかも、入水後、手首を後屈させるなどの調整をしなければ、水深深度は本件プールの深さを越える1.5メートル以上にも及び、したがって、急角度の飛び込み、入水の際の手首の前屈、腕の脱力、飛び込み方法の如何によっては、頭部が容易にプールの底に達するものである。なお、本件プールは文部省の定める高校・大学のプールの水深の最低必要とされている、1.2メートルを越える水深にあり、高校のプールとしては標準的なものである。本件事故以外にはこのような事故は発生していなかった。
第一審(神戸地裁判平5.2.19)は、X教諭に対し、生徒の危険な方法での逆飛込みを観察し、場合によっては練習を中止し、基本動作の実行を徹底させ、これに反する飛び込み方法の危険性等を説明して、事故の発生を回避すべき注意義務があるのに、これに違反したと認定した。また、Aにおいても、入水角度が大きくならないように注意すべきであったとして、一割の過失相殺を行った。
本件控訴審判決は、Aの側でも、X教諭の指導と異なった、基本動作に反した逆飛込みを行ったとして、三割を過失相殺し、請求を拡大した。

2.裁判所はどのように判断したのか

本件の裁判所の判断については、X教諭の注意義務違反と過失相殺に関して重要であるので、この点について見てみよう。

1)指導教諭Xの注意義務違反について

X教諭は、男子生徒中幾人かに、くの字型の姿勢で飛び込む生徒がいることを認識していたのであるから、逆飛込みに内包される重大な危険性を意識したうえで、生徒全員に対し、基本的動作を厳守することや入水後素早く手首を返して浮上することを周知徹底させるべき義務があり、その際、A君のような飛び込みに馴れ、スタート台上でたやすく萎縮するとは考えられない者で、とりわけ身長体重のある生徒に対しては、飛び込みの姿勢によってはプールの底に頭を打って重大な事故が起こる危険性があることを説明し、併せて、基本動作を守ることがいかに大切であるかの理由についても具体的に説明して、逆飛込みの危険性と基本動作の重要性を納得させ、安易な気持ちで逆飛込みをしないように注意を促して事故防止に努め、生徒の安全に配慮した適切かつ慎重な段階的指導を行うことが必要であった。その結果、生徒は自分で自分の安全を確保する態度と能力を身につけることが出来たはずである。
X教諭は、逆飛込みに伴う重大な危険性を理解していながら、生徒がプールの底に頭を打つことはないものと軽信し、なんら危険性を認識させる説明をする事なく、とおりいっぺんの指示と指導を繰り返し、飛び込ませたことによりこの事故は発生したのである。したがってX教諭の安全対策ないし指導は万全ではなかった。ゆえに、X教諭の注意義務違反、すなわち事故防止を怠った過失があった。

2)過失相殺について

A君は、自分の逆飛込みに対する技能を十分見極めたうえで、X教諭の指示事項を守り、安易な気持ちで飛び込まないように注意し、危険回避の努力をするべきであった。その意味からA君にも過失があったといわなければならない。この点を考慮して過失割合を三割と認める。

3.本判決の解説と問題の整理

一般的に教師は、学校における教育活動によって生ずる恐れのある危険から、生徒を守り保護する義務がある。もし、危険の伴うような技術を指導する場合には、事故が発生しないようにするための十分な措置を講じるべきであり、安全に技術が習得出来るようにする注意義務があることは、当然のことである。
しかも本件のように、プールそれ自体の水深が、文部省の定める高校・大学の標準の水深である1.2メートルを越え1.5メートル有り、プールの施設に瑕疵がないのであるから、指導教諭が適切な指示・指導をしていればこのような重大な事故を発生させることはなかったといえる。
しかも指導教諭は、水泳の練習中の逆飛込みによって頸椎損傷が起こることはないと考え、生徒に対し、逆飛込みの姿勢によっては頸椎損傷のような重大な事故が起こる危険性があるという、具体的な注意を一切していなかったということは、事故はないものと軽信したものであり、事故防止を怠った過失があったといわなければならない。指導教師としては、個々の生徒の技能を正確に把握し、逆飛込みの危険性を十分に納得させ、基本動作の重要性と安全に逆飛込みが出来るように、段階的に指導方法を積み重ねる等の教育的配慮が必要であった。それは、教育に当たる者の任務として、日頃から教材研究と教育方法・指導方法の研究に勤しむという、教育者に期待される資質と態度でもある。


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