熱中症による死亡と指導者の責任(2)
「高校柔道部、夏合宿死亡事件」
(福島地裁会津若松支部、平9.1.13 判決 損害賠償請求事件、判時1630 号122 頁)
小笠原 正
日本スポーツ法学会会長
東亜大学通信制大学院教授
県立高校の柔道部員が、夏合宿練習中に熱射病(熱中症)を発症し、合併症として横紋筋融解症を招来して、急性腎不全により死亡した。この事故において、柔道部顧問に指導上の過失があるとして、国家賠償責任を求め認められたものである。
2 .裁判所は、B 教諭の過失をどのように認定したのか
高校の部活動は、学校教育の一環として行われるものであるから、現にその指導を担当する顧問教師は、合宿参加生徒に対し、合宿練習中の生徒の健康状態に留意し、生徒の健康に異常が生じないように注意し、生徒の健康状態に異常を発見した場合は、速やかに応急措置をとる等して、生徒の健康を損ねさせないよう注意すべき義務を負うものである。本件のような暑熱環境下での激しい練習では、脱水症状に陥る生徒が生ずる可能性があることは当然に予見出来たはずである。
その予防法として気象環境に配慮し、運動の強度に適応した水分・塩分の補給が必要かつ効果的であることは、スポーツ関係者の間では周知されていたと推認される。
裁判所は以上のように、公務員であるB 教諭が職務執行中に過失により発生させた本件事故による損害について、国家賠償法1 条1 項によりY 高校を設置している自治体のX
に責任があるとしたのである。
3 .本判決の解説と問題点の整理
夏期、炎天下での激しい運動で熱中症等の急性症状で心不全や腎不全を起こす可能性があることは、よく知られているところである。本件の柔道に限らず、学校スポーツにおける陸上、マラソン、野球、ラグビー、サッカー、レスリングなどの指導教諭は、生徒の健康状態、気象条件、練習内容などに照らして、危険を予測し事故が起こらないよう格段の配慮が必要である。そのためには、部員の心
身の状態を、練習に入る前はもとより、練習中においても常に観察し、熱中症にかからないように適当な休憩と水分補給をさせ、症状が見られたときには、安静にし体温を下げる手立てを取る等、周到な準備と注意が必要である。
スポーツを楽しく安全に行うためには、指導者はそのような注意義務をもつものであることを自覚しなければならない。それは、スポーツのすばらしさを大切にすることなのである。
裁判所も触れているように、熱中症は、指導者の注意で予防出来る病気である。暑熱環境の下で激しい運動をした場合、身体の水分や熱のバランスが崩れ、異常な体温の上昇により中枢神経障害が起こり、時に死に至る場合がある。
症状は、頭痛、めまい、嘔吐から始まり、運動障害、錯乱、昏睡に至り、体温は40 度以上になり、しばしば痙攣、不随意運動を起こす。これらは、身体の水分が不足した状態のとき起こりやすいのであるから、練習中の水分補給を十分に行うことが重要である。この点、裁判所が、熱中症発症の要因を丁寧に分析・検証しており参考としなければならない。
横紋筋融解症は、横紋筋の細胞が融けて破壊される疾患で、尿細管が詰まることなどで腎不全となり、時には死に至ることがあり、怖い病気である。発症の原因は、高温時の水分・塩分を補給する事なく激しい運動を続けた場合に発症するもので、熱射病の合併症として起こるケースが多い。
本件は、このケースに当たるものである。
重要なことは、このような熱中症等に関して、スポーツ関係者は知識としてもっていなければならないということである。裁判所も指摘しているように、医学的な発生のメカニズムや、治療法、予防法等の専門的知識は別にしても、少なくとも高温多湿な環境で激しい運動をすれば、しばしば熱中症が発生するものであり、熱中症を起こさせないようにするためには、水分を十分に補給し、適度な休憩が必要であるということについては知識があるはずであり、また、なければ指導者としてその資質を問われてもやむを得ないのではないだろうか。
ところで、学校スポーツにおける「部活動」の事故は、学校事故に関する判例でも難しい分野に属するものである。部活動は教育課程外の任意の活動(課外活動)であり、中学校における「クラブ活動」のように学習指導要領上の正規の教育活動とは異なる性格をもつものであるからである。この点については、第一節の判例で検討したので繰り返さないが、高校においても指導教諭の熱意を基盤として部活動が成り立っている一面があることから、裁判所の判断によっては、部活動の指導教諭の活動を萎縮させ、高校のスポーツ活動に影響を与えかねないことになる。一方では、負傷や後遺症に苦しみ、あるいは命を落とすといった不幸な事態に対し、被害者救済の立場からの判断が重要であり、いわばその狭間にあって、注意義務・安全配慮義務に関する判例も、多種多様なものになっているといえる。これには、学校教育活動中における事故の補償救済制度が十分なものとはいえないという現状があるように思える。安全配慮義務(注意義務)違反判例の具体的検討と分析のほかに、学校スポーツ事故被災者に対する補償制度の確立が急がれるところである。 |