学校管理下における体育事故(4)

第00009号
2002年7月19日 更新


〜損害賠償訴訟にみる問題点を探る(2)〜

コラムニスト 平光 正則

 「体育祭棒倒しで殴られ負傷 東京地裁 4,900万円支払い命じる」―1998年(平成10年)9月22日の朝日新聞朝刊で報じられた。この事件は、1995年9月、都立高校の2年生だったAが、体育祭の棒倒しの競技中に、相手チームにいたBに殴られて、ひ臓破裂の大けがを負い、ひ臓を摘出された。Aは「同学年のBに殴られた」として、Bを相手に総額6,900万円の損害賠償を求めた訴訟で、T地裁は元生徒Bに約4,900万円の賠償を命じる判決を言い渡した。裁判官は、「意図的にこぶしで殴ったと推認できる」と述べた。

 この経緯は前回述べた通りだが、生徒B側(当時)は、第一審に当たって、生徒Aが生徒Bの“故意”を主張したのに対し、生徒B側は“無過失”を主張して争われた。

 生徒B側は、この結果について「あくまでも学校の授業の一環としての体育祭の競技中に起きた偶発的な事故だと認識したからです。学校側の調査結果からも生徒Bがルール違反をしたという事実は全く出てきませんでした。しかし、一審の判決は、生徒A側の主張が大幅に認められた形になりました。その要因として生徒B側には、無過失を裏付ける具体的な証拠、証明がなかったこと。また、裁判官としては生徒Bが大けがをしたため、判
決文には“推認”という言葉が多用されていました。第一審においては、双方が在学中だったということもあり、友人の皆様にも一切裁判のことは公表せず、私どもだけで闘ってまいりました」と語っていた。

●T高裁へ控訴
 第一審の判決に納得できない生徒B側は、弁護士を交代させて1998年9月30日、T高等裁判所に控訴した。11月19日には第一審判決取消理由書を提出。年が明けて99年(平成11年)2月17日、Aの友人ら20余名の傍聴人が見守る中、第1回口答弁論に入った。3月31日の第2回口頭弁論では、なんと友人ら30名が傍聴席に入り、その成行きを見守っていた。

 6月2日の第3回口答弁論では、事故当時棒倒し競技の審判を担当していた体育教諭が証人台に立ち、傍聴席に陣取った友人25人が証人の一言半句も聞きもらすまいと、じーっと聞き入っていた。次いで、10月25日の第4回口答弁論には、友人25人が顔を見せ、S医大法医学教授が証人台に立った。

●故意から軽過失に逆転
 晩秋の11月1日になって第1回目の和解調停に入った。2000年6月21日まで5回の和解調停があって、7月5日に和解が成立。生徒Bの軽過失が認められて、損害賠償3900万円(保険会社3社からの保険金)の和解内容であった。

 この間の経緯について生徒B側は次のように述べている。
 「二審では多くの友人の方がたにご協力・支援を頂き大変勇気づけられました。友人の方がたの陳述書、S医大法医学教授、事故当時審判の体育教諭の証言が生徒B側主張の裏付けとなり、二審においては、“故意”ではなく“軽過失”という判断が下されました。弁護士の説明では、一審で“故意”だったものを、二審で“無過失”にするということはほとんど不可能であり、今回の“軽過失”は“逆転判決”と言っても過言ではないことのようです。“軽過失”であれば、保険会社から保険金が支払われました」と、生徒B側は安堵していた。

●学校の対応に“釈然としない”
 しかし、生徒B側は「授業の一環としての体育祭中、多くの観衆の目前で行われた競技中での事故であるにもかかわらず、当事者とはいえ、なぜ一生徒が、その補償をしなければならないのか、はなはだ疑問が残ります」と不満をぶちまけると共に言葉をつづけた。
 「このような状況では体育など出来ないのではないでしょうか。万が一の事が起きてしまったのかもしれませんが、何時どこで、誰に起こるかわからないこと。誰にでも起こりうる事なのです。皆様にもぜひ考えて頂きたいと思います」と疑問を投げかけた。

 さらに、学校側の事故対応についても、不満を付け加えている。
 「釈然としないものを感じます。生徒A側が一方的に“故意”を主張していたとしても、裁判に至るまでには、もっとやるべきことがあったのではと思います。私ども(生徒B側)が学校の調査報告書を出して欲しいと学校側に希望したにもかかわらず、一切文書としては何も出してくれませんでした。どうしてなのでしょうか。

 生徒B側の提訴後は、さらに事故に関して“見ざる”“言わざる”“聞かざる”の対応であり、私共にはそのように受け取れました。本当に生徒の事を主体に考えているのかと、学校の姿勢に疑問を感じました」と憤るとともに嘆いていた。
 「今回のような事故は、今後もまた起こりうる事だけに、補償制度も含め対応策が確立されることを望みます。そして、この裁判は学校事故に関する貴重なケーススタディとして、社会的にも大きな意義があったことと確信しております」と締めくくった。

●もう一つの運動会における安全配慮義務事例
 運動会における(学校管理下の授業中)事故として、もう一件(伊藤堯著「スポーツアクシデント〜ケーススタディ」から)参考までに述べてみる。

 1974年(昭和48年)9月22日、I県の町立小学校グラウンドで、校長と全教職員が、正規の教育活動の一環として監督指導して行われた運動会事故である。

 事故は応援席で起こった。コース内の競技を応援中の小学2年生の児童が腰を降して座っていたが、その前方1メートル程の位置で、児童席の方に向かって応援の指揮をしていた児童係の5年生の児童が、背後のコースを走っている選手を見ようとして、その方に顔を向けたところ、その5年生の振っていた応援旗の棒の先端部が、2年生の児童右眼に当たり、右眼の眼球外傷及び脈絡膜亀裂の傷を負った。

 そこで、この2年生の児童は同町に、担当教諭に過失があったとして、国家賠償法により損害賠償を請求した。

 この小学校では、運動会の実施に当たってどのような、やり方で進めてきたのか、またどのようにして安全確保の方法をとったのか追跡してみた。

  1. 児童係として教諭1名と児童役員7名(ここでは5年生の男子児童を指す。また加害児童にもなった)を置いて、演技していない児童はグラウンド内の指定スペースに腰を降ろし、勝手にその場所を離れないように定めた児童の規律を、低学年児童に守らせるとともに、応援旗を振って児童の指揮をする役割を同係に分担させる。
  2. 1年生から4年生までの各低学年児童を、それぞれ紅・白を左に並べて上級生が下級生を左右からはさむ形に配置。担任教諭を召集係として応援席の児童に比較的近い位置にし、児童との接触の機会を多くするよう配慮した。また、児童の規律を守るよう児童係の補助をする。
  3. グラウンド内については、一周200メートルの長軸を南北とする楕円形の走路とトラックを設ける。中央直線部分の児童席と本部席の各前方に1メートル間隔で石灰粉を引いて、直線6コースを区画、その西側コースの最外側白線から約1メートルの位置に短辺85センチのゴザ2枚ずつを横長に並べて児童席をつくり、児童をゴザの上に身長順に横に3列に並んで座らせる。児童係の上級生が応援旗を振る位置を第5コース内として、その位置と児童席の最前列着席位置との間に約2メートルの間隔を設けて、両者が接触しないようにする。
  4. これまで、この事故があった時の運動会と同じ内容の運動会を行ってきた同小学校では、障害物競技等の際に、スリ傷程度のケガが発生するだけで、骨折等の重傷の事故がなかったことから、嘱託としていた同校校医を会場に常駐させていなかった。救護係として、教諭と6年生女子2名の児童役員を配置、消毒など応急医療品の準備をして救護活動に当たった。

 それでは、この事故は、なぜ起きたのだろうか。次のように報告されている。

 午前/児童は午前中、比較的よく規則を守って席の移動がなかった。

 午後/午後の部(1時から)に入ると、次第に緊張がゆるみはじめ、2年生白組(被害児童ら)は、前に移動し、被害児童も指定された最後列から最前列へ移動して、コース最外端の白線から6コース内に足をはみ出すようになった。児童係の上級生は、3度にわたり、被害児童らに注意。コースに出ている足を引っ込ませたが、最終的には右最外端白線から6コース内に足を出さない状態を確保することで応援をする姿勢となってしまった。

 児童係の教諭も召集係の席から見ていた担任教諭も、児童がゴザのところから前方に移動し、コース外端の白線ぎりぎりのところまで出て座っていた。旗振り位置との間に、わずか第6コースの1メートルしか間隔のない状況に気づきながら、児童と指揮の上級生に格別の注意、指導をしないままプログラムが進められていた。

 やがて、午後2時10分ごろから始められた紅白リレーが白熱、レース中間の3、4年生の順番になった午後2時15分ごろ、それまで第5コース内で児童席の方を向いて旗を振っていた児童係5年生の加害児童は、後ろで繰り広げられるレースに気を取られて、顔もその方に向けて、児童席から目をそらすとともに、児童席の方にやや移動して強く旗を振ったため、被害児童の隣に座っていた同級生は、身をのけぞらせて、これを避けたけれども、
旗棒の先端がコースのリレーの方に気をとられていた被害児童の右目付近に当たってしまい、右目の眼球外傷及び脈絡膜亀裂の傷害を負うに至ったという。

 その時、学校側の対応はどうだったのだろうか。次のように記録されている。

 午前中、児童は比較的よく規律を守って席の移動もなかった。午後1時から午後の部に入ると、児童は次第に緊張がゆるみ出した。

 被害児童も指定された最後列から最前列に移動してコース最外端の白線から6コース内に足をはみ出すようになった。児童係上級生は3度にわたり被害児童らに注意して、コースに出ている足を引っ込ませた。しかし最終的には右最外端白線から6コース内に足を出さない状態を確保することで応援する姿勢となってしまったという。

 一方、児童係の教諭も、召集係の席から見ていた担任教諭も児童が、ゴザのところから前方に移動して、外端の白線ぎりぎりのところまで出て座り、旗振り位置との間に、わずか第6コースの1メートルしか間隔のない状況に気づきながら、児童や指揮をとる上級生に、特に注意や指導をしないままプログラムが進行していったという。

 午後2時10分ごろから始まった紅白リレーでは、3、4年生の番になった午後2時15分ごろ、それまで第5コース内で児童席の方を向いて旗を振っていた児童係5年生の加害児童は、後ろで行われているリレーに気を取られて、顔をその方に向け、児童席から目をそらしたまま児童席の方にやや移動。周囲の応援の盛り上がりもあって、強く旗を振ったため被害児童の隣に座っていた同級生に身をのけぞらせて、これを避けることが出来たが、旗棒の先端がコースのリレーの方に気を取られていた被害児童の右目付近に当たってしまった。右目の眼球外傷及び脈絡膜亀裂の負傷となってしまった。これが事故直前の状況である。

 以上の状況の中で、注意義務を問われる児童係教諭と担任教諭の対応について、次のように判断が下されている。

 まず、児童係教諭は、応援の際に、その状況に応じて、児童席にいる児童の安全が確保されているか否かを十分に配慮し、応援旗による接触事故を未然に防ぐ適切な措置を講じなければならない職務上の注意義務を負っているものと解釈したい。従って、両教諭ともに、座っている児童席の児童や上級生の応援旗の振り方如何によっては、接触の危険がある状況にあるにもかかわらず、児童席と旗振り役の位置を離す等の指導をしないで、放置していたのであるから、適切な措置を講じるべき安全確保上の注意義務を怠った過失があったといわなければならない。

 また、学校・町(被告)は、被害児童(原告)が指定された最後列の着席位置から勝手に前に出てきたといって、被害児童の責任を争っているが、被害児童のみが勝手に右最外端の白線からコース内に入り込んでいたと認めるに足りる証拠がない。児童係上級生も被害児童らが右最外端白線のところからコース内に足を出さない状態で最終的に指導、応援に入ったのであるから、被害児童が離席して前に移動したからといって、過失相殺の上で評価するのは格別のことで、これを以って両教諭らの過失を否定し、学校・町の責任を免れる根拠とすることは出来ないとしている。

 判決では、被害児童側が学校側に救護義務を怠った過失があるとしているが、これを次のように否認している。

 「事故を知った担任教諭は、直ちに被害児童(原告)の傷口を消毒し、安静にさせてから被害児童の保護者に連絡をとった。しかも、被害児童の眼球部の傷害は、素人では判断しがたいことが認められた上、被害児童は遅くとも事故当日午後3時過ぎころには、父親及び看護婦の経験がある母親に引き取られて、適切な治療措置を受けた甲斐があって失明の事態を免れていることを考慮すると、担任教諭の救護措置は、応急措置として相当であり、通常の注意をつくしたものというべきであるから、この点について過失はないといわなければならない。

 なお、担任教諭は、事故当日、被害児童側がいうように救急車の手配、または医者への連行をすべきものとしても、そのことにより被害児童の後遺症が残存しない事態が確保されたか否か、全く不明であり、その相当因果関係の存在を認めるに足りる証拠は存在しないものである。」

 なお、ここで留意しておきたいのは、事故後において、指導方法を改善したからといって、その改善措置が事故の過失を認めたことにならないということである。

 ここでいうこの事故について、事故翌年から安全の配慮に当たって、児童の応援方法を改善したことをもって、被害児童側より同事故における方法の過失を認定したとの主張に対して、判決では「それは類似事故の発生を防止するためにあり、安全で望ましい方法であるとはいえても、本件事故の際の方法が、児童の安全を確保できるような配慮を十分されている限り、いずれの方法をとるかは、学習指導要領に沿って、学校側が決すべき教育的裁量の範囲内のものというべきであり、そのこと自体で過失を論じることは相当でない」と説示している。

 以上のように、事故によって再び起こさないように適切な配慮、事故防止策を改善したことによって、その過失の烙印を恐れるあまり、事故対策を、なおざりにしておく場合を、よく見受けられるが、上記のように裁判中にあっても、そのことをもって問われることはない。従って、事故後の安全対策の改善に向けて、速やかに講ずるべきである。ましてや、その競技等を中止することは許されないし、競技、行事の発展はあり得ないことを心すべきである。

参考/伊藤堯著「スポーツアクシデント〜ケーススタディ」体育施設出版発行
   朝日新聞ほか日刊各紙


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