学校管理下における体育事故(3)

第00008号
2002年7月19日 更新


〜損害賠償訴訟にみる問題点を探る(1)〜

コラムニスト 平光 正則

●部活動の前後も部活動の一部

 「柔道部の部活動は“礼”の前から始まっている。柔道の場合は技を磨くための畳の清掃も部活動に含まれる」―去る3月14日付朝刊各紙は報じた。これは平成8年(1996年)10月、Y高校柔道部で、練習前に上級生部員からプロレスの技をかけられて首から下、手足がまひした下級生が、その同級生部員と同高校を相手どり約2億3600万円の損害賠償を求めた裁判で、Y地方裁判所は3月13日、同校に約1億4000万円を、また上級生部員(当時)に1100万円の支払を命じる判決を言い渡した。

 判決によると、5年前の当時1年生だった男性部員は、柔道部の部室で、畳を清掃中、2年生にいきなりプロレスの技をかけられた。男性部員は頭から落ちて首を痛め、手足がまひし、現在も車いす生活を続けている。

 事故当時、顧問教諭は部室に不在。上級生部員は「親しい友人同士のふざけ合いだ」と言い、学校側は「事故は柔道が“礼”をする前の自由時間中に起きたもので、部活動外の時間帯に起きた事故で、顧問らの指揮下になかった。部活動中ではなかった」と管理責任を否定していた。

 裁判長は「顧問教諭は、以前からプロレス技をかけ合う部員が多い実態を把握せず、事故の危険性を予見できたにもかかわらず、見回り強化などの措置を講じなかった」として両者に支払を命じたもの。


 以上、平成13年3月14日付朝刊各紙が報じたY地方裁判所の判決を参考までに取り上げてみた。ここでは部活動の始まる時点が争点となったが、道場の清掃も部活動に含まれるとした上で、プロレスごっこが行われている実態を、学校側は事故を予見できた、と学校側の主張を退けていることに注目したい。

●学校の対応

 さて、本題の「授業中の体育祭での競技中事故で、なぜ?その補償を一生徒がしなければならないのか〜平成7年9月22日の都立M高校で行われた2年生の棒倒し競技」について、前回に引き続き述べてみたい。


 平成10年(1998年)9月23日付朝刊各紙は、同事故のT地方裁判所の判決言い渡しを報じている。この事故とは、高校の体育祭の棒倒し競技に参加した当時2年生であった男性Aが「同学年の生徒から殴られた」として、その生徒Bを相手に総額約6900万円の損害賠償を求めた訴訟で、この日(同9月22日)T地裁は、同年の生徒Bに約4900万円の賠償を命じる判決を言い渡した。

 この中で裁判官は「意図的にこぶしで殴ったと推認できる」と述べた。

 ところで、学校側の当時の対応は、どうだったのか追ってみた。

 事故発生時(平成7年9月22日)棒倒し競技で生徒AとBは衝突。Aは救急車で入院。
その夜、膵臓尾部を切除、膵臓摘出の即手術。Bは右肋骨下打撲。

 学校側は事故発生3日後の9月25日から生徒、教職員ら関係者から当日の状況等を聴取するなど事故調査を始める。

 しかし、同事故から4日後の9月26日になって同校長、担任教諭はB宅を訪問し、同事故の説明をしている。

 事故があってから8日後の9月30日(生徒Aからの指定)になって生徒Aを見舞う。
生徒Aの母親と叔母、生徒Bとその両親、担任教諭ら2教諭が同席。

 生徒B宅で同校校長、教頭、事務長、担任教諭から事故状況を説明。

 さらに1週間後(事故発生15日後)の10月7日、都立M高校で、同校校長、教頭、学年主任、担任教諭、生徒Bとその両親が同席して、学校側から同事故の調査結果について説明。

 その結論として「避けられなかった事故であった。学校事故として処理していく」という。

 10月10日、生徒Aが退院、自宅静養に入る。

 10月25日、同校で事故に関する最終確認報告。席上、校長は「生徒Aは、生徒Bの膝が腹部に入ったと言っている。生徒Aは明日26日に登校予定である。今後2人は校内で会うかもしれない。両者間でトラブルが起きないよう仲良くしてもらうよう2人を引き合わせる機会を設けたいと思っている」と述べた。(しかし、卒業までにそのような機会は1回も設けられなかったと、生徒B側はいっている)この日の同席者は、校長、教頭、学年主任、担任教諭、生徒Bとその両親であった。

 11月15日、校長から電話で「生徒Aの弁護士が来校して、両生徒の衝突事故についての事実確認と学校管理等について聴取された」旨の説明が生徒B側に伝えられた。

 11月27日、教頭から電話で生徒B側に「11月24日に生徒Aの弁護士から2度目の来訪を受けた。再び衝突事故の事実確認をした上で、生徒Aへの傷害及び損害賠償、刑事告訴の発言があった。学校側としては、生徒B側に直接会ってお話をしたい」と連絡があった。

 12月4日、校長、教頭、学年主任、担任教諭、生徒Bとその両親、Bの祖母が同席して説明がある。校長からは「学校事故としての取り扱いは、学校として責任を持って出来る。
ただし、学校事故の外でやっていることについては関与できない。また、学校の方から生徒A側に対して、なすすべはない。生徒A側の出方を待つだけである」との発言があった。

 (この前後の経過について生徒B側は次のように説明している。「生徒A側は、生徒B側と学校側とが同席した話し合いや学校側の調査結果を一切拒否している。一方、学校側に事故の調査結果について調査報告書を提出して欲しいと要望したが、生徒A側にも出していないからという理由で拒否された」)

 教頭からは「生徒Aは膝が入った、ということは、今はいっていない。肘を上げて迫ってきたと言っている」と説明があった。

 (その後、生徒B側は平成8年4月1日、12月4日以降、事故に関して学校側から何も連絡がないので、学校に電話を入れる。教頭は「生徒Aからも、その弁護士からも何ら連絡は入っていない。生徒Aは、無事3年に進級した。何か動きがあったら、こちらから連絡する」と返事があった)

 平成8年(1996年)7月26日生徒Aは、この事故は、故意によるものだとして生徒Bを相手取って、T地方裁判所(民事)に6900万円の損害賠償を求めて提訴。2年間にわたり10余回に及ぶ口答弁論を経て、平成10年7月14日、口答弁論は終結した。

 この間、生徒A、Bや法医学者M氏らが証言している。しかし、同校友人らの陳述書提出はなかった。

 その秋の9月22日の判決言い渡しがあった。


●原因責任の争点

 それによると、まず、責任原因について最大の争点は、競技中の事故なのか、それとも生徒Bの意図に基づく結果なのかの点にあった。

 生徒Aは膵臓の単独損傷を負っている。膵臓は、腹腔内の深部にあり、胃・肝臓・脾臓等の他、臓器に覆われていることや、そもそも強靭であるため鈍器による単独損傷が起きることは少ない。鈍器による単独損傷が起こるのは、攻撃(作用)面が小さく、かつ強力な外力が膵臓の付近を圧迫した場合に限られる。その攻撃面の典型としては、握り拳や踵等が想定できる。生徒Aは衝突時に、みぞおち付近に強力な外力が加わったことを認識していることから、右外力は、生徒Aのみぞおち付近に加わったものと認められる。

 生徒Aの膵臓は、その尾部にあたる膵臓は、その頭部(膵頭部)が脊椎の前のやや右側に位置し、その尾部(膵尾部)が左脇腹の方に向かっているので、正体位置に対して真正面から外力が加わったとすると、脊椎との間に膵頭部が挟まれて膵頭部に損傷が生ずる。しかるに、生徒Aの膵尾部に損傷が生じているということは、生徒Aの左斜前方から外力が加わったことを示す。

 生徒Aの膵臓を破裂させた外力は、正体位置を基準として生徒Aの左斜前方から生徒Aのみぞおち付近に加えられたものであり、その攻撃(作用)面は小さく、強力なものである。

 そこで、生徒Bのどの部位が衝突したのかについて検討する。

1.生徒A・B本人の尋問の結果によっては、衝突の際の具体的な状況を明らかにすることはできない。

2.同高校側が衝突当時の目撃証人らを調査した結果「生徒AとBの右半身同志がぶつかり、その間に生徒Bの右肩から先の部分である肩、肘、手の3つの部分がぶつかったという目撃者が多数いた。また、肘がみぞおちに入った、拳が腹部に当たった、右手が腹に当たったという証言もあった」というものであったことが認められ、この調査結果からは、生徒Bの下半身が生徒Aに衝突した可能性は否定されるものの、生徒Bの右腕の肩、肘及
び拳のいずれかの部分が外力となったことを推認できるに過ぎない。

3.このことから生徒Aに加えられた外力の特定は、法医学的観点から解明せざるを得ないところ、M証人(医学)の供述によれば、生徒Aに膵臓破裂の単独損傷をもたらした外力は、作用面が小さなものであることが条件となるから、右腕全体が外力となった可能性は否定される。

4.そもそも生徒Bの右肘が生徒Aのみぞおちに当たる可能性は低く、その右脇腹または右前胸部に当たる可能性が高い上、その外力は生徒Aからみて左斜め前方からの外力とはならず、生徒Aに膵尾部断裂の傷害を生じさせる可能性は少ないということが認められる。生徒Bが衝突を回避するのであれば、なぜに緩衝の手段として手を前に出す等の防御姿勢をとらなかったのかという根本的な疑問が残る。

5.このように、生徒Aに膵臓破裂の傷害を負わせた外力は、生徒Bの握り拳であり、かつ生徒Bの右肘が右肋骨打撲個所に困定される形で衝突したものと推認できるから、つづいて、生徒Bが意図的に右攻撃を加えられたか否かについて検討する。

 この判断材料として、裁判官は次の点を上げている。

1.もし、生徒Bが拳を緩く握っていたり、その手首に力が入っていなかった場合には、攻撃面が拡散するのみならず、衝突の際に生徒Bの手関節に脱臼等の傷害が起きる可能性があることが認められ、衝突によって生徒Bの右手には何らの傷害が発生していないことも考慮すれば、生徒Bは衝突の際に意図して握り拳をつくっていたものと推認できる。

2.生徒Aの治療に当たった担当医も、同校校長らの説明に対し、生徒Aに膵臓損傷が発生した原因が、単なる正面衝突による事故に基づくものではなく、拳で意図的な攻撃が加えられた結果ではないかとの反論をなしていたことが認められる。

3.生徒Bは、衝突の衝撃が相当なものであったことを認識し、かつ競技終了後間もなく、生徒Aがグランドにしゃがみこんでいるのを認識しながら、その場で生徒Aの元に赴き、声を掛けるなど、生徒Aの容態や安否を気遣う行動を何らとっていないことが認められるが、生徒Bのこの行動は、偶発的な衝突事故に遭遇した者の行動としては、いささか不自然である。生徒Aの安否を気遣うなどの行動に出るのが通常である。

4.生徒A自身、衝突後に膝による意図的な攻撃を受けたものと認識していた。膝が当たったという認識は誤認であるが、意図的な攻撃を受けたとの認識を持ったことは軽視できない。生徒Aと共に競技に参加した複数の友人も、生徒Aが意図的な攻撃にさらされたとの印象を抱き、現に試合直後、生徒Bに対し、わざとやったのではないかと詰問していること。この友人は、競技直後に生徒Bが仲の良いグループの者に対し、口に指を当てて黙っていろという趣旨のポーズをとったとの認識を持っていることが認められる。


 以上の指摘のとおり、生徒Aと生徒Bとが衝突した際、生徒Bの拳は強く握られていたと推認せざるを得ないこと。法医学証人のみならず担当医も、生徒Aが拳による攻撃を受けたとの認識を持っていたこと。さらに生徒Aをはじめとする複数の者が、生徒Aが受けた衝撃や生徒Bの拳動等から、攻撃は意図的に加えられたのではないかとの認識を抱いていること。さらに偶発的な事故とすると、生徒Bの拳動には不自然な点が窺われることを総合すれば、その動機は必ずしも解明し難いものの、生徒Bは意図的に生徒Aに対し拳による攻撃を加えたものと推認せざるを得ない。

 ただし、生徒Aの仲間と生徒Bの仲間との間に、事故の1年ほど前に、ささいな争いがあったことは認められる。

 以上のことから、生徒Bは、生徒Aに生じた損害を賠償すべき責任原因がある。として、生徒Aに入通院慰謝料120万円、後遺症による逸失利益3569万3363円、後遺症慰謝料820万円、弁護士費用350万円、計4859万3363円の損害賠償が相当であると判決した。


●問題点を探る

 以上のT地裁による損害賠償請求事件を通して、幾つかの問題点が挙げられる。

 一つは、裁判官指摘の通り、生徒Bが故意に生徒Aの腹部を拳で強打したか否か、また、仮にそうでないとしても、生徒Bに生徒A主張による重過失が認められるか否か。つまり競技中の偶発的な事故なのか、それとも生徒Bの意図に基づく結果なのかという点にあった。

 1.この点については、生徒A、B各本人尋問の結果では、衝突の際の具体的な状況を明らかにすることはできなかった。また、生徒Bの動機についても解明し難く、推認せざるを得ない、結果に終わっていることである。一瞬の出来事である両生徒の衝突態様、生徒Bの拳は強く握られていた―という確かな証拠が得られなかったといえる。であるならば、生徒Bから無過失であったことを裏付ける具体的証拠がなかったとはいえ、生徒Aの救済
に焦点を絞り込むあまり、その全責任を生徒Aに背負わせる結果になったことは酷であったといえよう。

 故意であったか否かは、生徒B自身が承知していることで、否であるならば、少年に与えた心のキズは大きい。

 2.もう一つは、体育祭の棒倒し競技にあって、生徒Aは黄団に属し、生徒Bは青団に属したが、黄団の総勢は35名。青団の総勢は28名であったことは裁判所の認めるところである。であるならば、勝負を決めるスポーツ競技にあっては、まず“正々堂々フェア”であることが大前提である。この事故の棒倒しでは、35−28という、何人がみても不公平であることは認めるところである。そこで、なぜ、ルールに反してまで行われなければならなかったのか。その勢力差7名を承知しながら、その勢力バランスに手をつけることなくゲームを開始したこと。これを許した指導・運営に当たった担当教諭の指導責任。体育祭に関わる運営責任。そして授業中という学校管理下で行われた管理責任の所在が問われないまま、両生徒の衝突事故そのものの追究に終わったことへの疑問である。

 3.最も大切なことは。先にふれたように体育祭の指導・運営。その準備と事故後の処理と対策が、どのように行われたかが見えてこないことである。

 一方の裁判所の判断においても以上のことが触れずじまいに終わったことである。競技そのものが、どう行われたか検証し、事故原因(遠因も含め)の究明とその反省の上に立った新たな対策なくして、今回の事故の因果関係が明らかにされないであろう。

 4.もう一つ、生徒A・B間の衝突事故にあって、生徒Bが拳を強く握っていたと推認して、生徒Bに故意があったと判断しているが、いささか短絡過ぎないか。

 スタート地点に立って、敵陣(相手方の棒)を目指して走るその時、ある人は拳を軽く握り、ある人は強く拳を握り、ある人は拳を開いたまま、さまざまな姿勢でスタートを切るのは、ごく当たり前の風景であろう。

 従って、“さあー、やるぞ”と気合いを入れ(歓声をあげて)拳を強く握って走り出したとしても、そのことは争点になりにくいとみる。生徒Bが拳を強く握って走ったことを以って、生徒Bに故意があったと推認(判定)するには、ムリがある。ここでは拳にこだわり過ぎ、いささか偏り過ぎているきらいがあることを、一言付け加えておきたい。

(次回へ続く)


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