スポーツ事故における主催者の責任(2)

第00005号
2002年7月19日 更新

 

〜その時、自治体の安全配慮義務は万全だったか〜(2)

コラムニスト 平光 正則

 Y県内の町が主催するトライアスロンの競技会で、参加した60歳の男性が海上で心臓が停止し、4日後に死亡した事故について遺族は、主催者の安全配慮義務違反によるものとして、主催者である町に損害賠償を請求した。

 この件に関して、事故発生の状況から競技契約はどうであったか、参加者が安全に競技ができるように配慮したか等について検証を試みた。
 今回は、事故発生に当たって主催者は救助等にどのように対処したか検証してみた。その経過について、主に伊藤堯著「ケーススタディ SPORTS ACCIDENT」(体育施設出版発行)を引用した。

■ 事故者が手を挙げた時点で救助義務

 参加した事故者は、主催者が競技大会の海上監視、救助体制として配置した救助船に向かって手を挙げたが、その時既に事故者の泳ぐ速度が著しく落ち、疲労困憊していたことなどから考えて、救助を求める意思表示であったと遺族(原告)らは主張した。
 これに対し、京都地方裁判所は「救助船第10号(2隻のうちの1隻)の乗組員として乗り込んでいた救助隊員は、13番ブイと14番ブイとの中間付近で、最後尾から2番目をゆっくりと平泳ぎで泳いでいた競技者に約10メートルの距離から『まだ泳ぎますか』という趣旨の声をかけたところ、その競技者が左手の手首の上位までを海面から出して応答したことを認めることができる。そのことが救助を求めていたのか、継続する意思なのかは明確ではないが、事故者が救助を求める意思があったとすれば、その救助を待ち、また、救助に来る様子がなければ、さらに
合図して救助を求め、救助船に接近したと考えられる。

 遺族らは、事故者は疲労困憊していたので、そのような要求は苛酷な要求であるというが、事故者はゴール方向へ泳いでおり救助隊員が乗る救助船から遠ざかったのであり、救助を求める意思があれば、少なくとも救助船の方向へは来ることができたはずである。
 以上によれば、事故者には救助を求め、あるいは棄権して競技を中断する意思はなかったと認められ、この点に関する救助隊員の判断は是認できるものであり、この時点で事故者を救助しなかったことをもって救助義務違反ということはできない」と判決した。

■ 事故者に対する意思確認義務

  さらに、事故者が手を挙げた行為が救助を求める意思があったかどうか紛らわしかったから、これを是認した救助船の救助隊員らは、事故者の意思を確認すべきであったと、遺族らは主張した。
 判決では「救助隊員は、その行為の後、数分見守って、事故者がゴール方向へ泳いで行くのを見て、救助を求める意思ではなかったと判断したのであり、この判断が是認できることは以上の通りである。これに重ねて意思を確認する義務があったとまではいうことができない」と説示した。

■ その後の監視義務
 その後、監視船はどうであったか、追跡してみた。事故者については目を離さずに、異変があれば直ちに救助できる距離を保ち、その態勢を整えて直視すべきであったと遺族らは主張した。
 しかし、監視船の救助隊員らは、監視を続けなかったことについて、裁判所は注意義務違反ということはできないとしながらも次のようにように判決した。

 「事故者は最後尾の水泳競技者であって競技開始から1時間以上経過し、他に競技者がいない状況になっていたことからすれば、その監視に当たる者は、遠くても10メートル程度の距離から継続的に監視すべきであったといわなければならない。
 しかるに、救助船第11号の町役場総務課長らで構成する実行委員会が目を離していたし、警戒船第4号も4〜5秒は目を離した可能性を否定しないところ、その供述によっても事故者が動かなくなる直前の様子については暖味であるから、事故者が動かなくなる直前については見ていなかった。あるいは十分注意を向けていなかったといわざるを得ず、しかも最も近かった警戒船第4号も20〜25メートル離れていたのであって、これによればその監視は不十分であったといわざるを得ない。

 しかしながら、警戒船4号及び救助船第4号が事故者から目を離した時間は、ごくわずかであると認められることと、事故者が水を少ししか飲んでいなかったことからすれば、事故者が溺れそうになってもがいていた時間はほとんどなく、ほぼ突然に水面上に顔を伏せ、両手を伸ばして浮かんでいるような水没状態になったと推認できるが、以上を総合すれば、ほぼ突然に水没状態に陥った事故者はそのわずか後に、警戒船、救助船、本部船の監視員らに発見され、それから直ちに救助されたと認められ、その救助に警戒船がやや離れていたことも、それによって特別救助が遅れたともいえない。
 してみれば、この警戒船がやや離れた距離にあったこと及び警戒船、救助船が監視中に目を離したことが、事故者の救助に重大な影響を与えたとはいえず、結局この点は、事故者の死亡に相当因果関係を持つものではないというべきである」
 以上のように本件は、平成3年2月22日の第一審のK地方裁判所が安全配慮義務違反はないとして請求を棄却する判決をした。これに対し遺族らは、この判決を不服としO高等裁判所に控訴したが、平成3年10月16日、O高裁も控訴棄却の判決をした。

 以上の事故の顛末、並びに裁判所の判決の大筋を引用した。ここで大会主催者及びこれに携わる役員関係者と参加競技者の心構えや事故対策に触れてみたい。

(1)"自分の体(生命)は自分で守る"― つまり「自己責任」が2000年の節目を迎えた新しい時代のキーワードとなっている。いまや自分の体は、少なくとも年2回の健康診断はもち論のこと、自らの健康維持について、日頃から自分の責任において考え、鍛え、チェックすることがごく常識となっている。ましてやスポーツ大会の前日に深酒をするとか、過労気味であったならば、勇気を持って参加を辞退することである。
   一方、大会主催者は、参加者が最低限「年2回の健康診断を受けている」こと▽また、軽い風邪でも治ってから健康が完全に回復するには2週間を要するので、直近に病気をしていれば、大会参加を中止すること▽風邪気味であったり、発熱、頭痛、下痢、疲れ気味、睡眠不足、食欲不振、二日酔い、そのほかなんとなく体に不調を感じたら、無理をしないで参加を取りやめるよう呼びかけることも、主催者が大会実施に当たっての参加者への注意義務であり、責任である。

(2)主催者は、競技会(大会)の実施に当たって、予め大会参加者から「誓約書」の提出を義務づけることである。
 その免責同意書の文書を明確にして、法的にその効力のある権威ある文章を作成しなければいけない。
 その誓約書の一例を挙げると概ね「参加者は、自分自身の健康管理には細心の注意を払い、万一の事故の場合は、主催者に対し、主催者の負うスポーツ傷害保険以上の請求は致しません。参加者は、大会前に必ず健康診断を受け、大会当日コンディションの悪い場合は、勇気を持って辞退致します」と誓約、署名し捺印してもらっている。
   このことの法的効果はさて置き、この手続きがあることによって参加者が健康状態に注意し確認する機会となる。さらに大会当日、過労等競技に耐える健康状態にない場合、勇気を持って辞退するよう一歩踏み込んだ主催者からのアピール(啓蒙)が必要である。

(3)スポーツ大会を企画・運営・管理する者(主催者等)は、参加者(競技者)の参加資格条件等を確認することである。特にトライアスロンのように危険性の高いとされている競技にあっては、より細部にわたってチェックする必要がある。
   競技経験、トレーニング状況のほか、体調の自己管理について啓蒙をはかる。また、健康保険証の写し、特異体質の有無、緊急連絡先を予め確認しておくこと等があげられる。
(4)競技大会の実施に当たって、法規制については、▽警察、消防、海上保安等との事前協議▽関係地域住民とのトラブルを避けるための話し合い ▽規制に係る備品の整備▽気象条件への対応策 ▽事前、当日の点検 ▽監察に伴う車(船)の配備 ▽医師・看護婦の配置 ▽そして簡易トイレに至るまで、競技種目に応じた細心の準備と緊急連絡網の整備が必要である。
その一つが欠けても、緊急事態に対処できないといってよい。
 
 さらに具体的にいうと―
▽ 事前救助体制/危険個所の確認とその対策マニュアルの作成と徹底
▽ 救急体制・監視・連絡網/特に準備段階から医師団の参加を求める。救急車(船)、パトロール、救急員の配備。医療機関(病院)との連絡、搬送体制。要員、設備、備品等の応急措置体制▽対応マニュアルの作成と周知徹底。日頃の救急訓練。
▽ 参加者への啓蒙/体調不良時の意思表示法、救急スタッフの標識(標示)案内。異常を発見した場合の連絡法等があげられる。

 いずれにしても、緊急事態が発生したときの対処は@早期発見 A応急措置 B医療機関への搬送 C状況の記録 D保険 E見舞い―に心することである。

 


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