スポーツ事故における主催者の責任(1)

第00004号
2002年7月19日 更新

 

〜その時、自治体の安全配慮義務は万全だったか〜

コラムニスト 平光 正則

 今回のクローズアップからは、アウトドアにしぼって社会教育に係わるスポーツ事故を検証してみることにした。その中から特徴的な事故を2〜3件拾ってみた。

 その一つは、自治体(町)が主催したトライアスロン競技会に参加した競技者の死亡事故での主催者の法的責任はどうであったか。
 同件はW県下のある町で行われた水泳2キロ、自転車走30.1キロ、マラソン17.5キロのトライアスロン競技会で発生した事故である。その最初の種目である水泳競技が同町の海水浴場でスタートした。「さあ、やるぞ」と参加者は元気一杯、沖合いに向かって泳ぎ出した。大会関係者は、ほっと一呼吸した。午前10時44分前、競技を監視する監視員を乗せた本部船はスタート地点から沖合い1400メートル付近で手を上げている姿を発見した。よく見ると海面にうつ伏せになって浮かんでいる人影であった。

 本部船は、ただちに猛スピードをあげて現場へ向けて急行した。監視員は海に飛び込む。ひとかきふたかき。心臓停止した男性を本部船に引き揚げた。同船上では、関係役員らの手によって人口呼吸など懸命な救急処置をとった。午前10時54分ごろ、陸上で待ち受ける救急用の車で病院へ搬送、病院に収容した。同病院で治療を受けたが、収容されて4日後に同病院で死亡した。健康に自信を持って参加したこの男性は、家族も含め予想もしなかった60歳の生涯を閉じた。

 ここで思いもよらぬ競技上の急死事故に対して遺族は、「事故は主催者(町)の安全配慮義務違反によるものである」として町を相手にして損害賠償を請求した。
 そこで競技契約はどうなっていたのか、検証してみた。ここでいう控訴人〜遺族〜原告は、参加者(死亡した男性)が主催者である被控訴人〜町〜被告の募集に応じて、この大会に参加を申し込み、主催者である町は参加を承認したので、参加者と町との間に無名契約(スポーツ指導契約)である、この競技会の競技実施に関する契約が成立したと主張している。
 町は、本大会を実質的に運営したのは町とともに、同大会を主催した同町観光協会であり、この観光協会が権利能力なき社団<一定の目的(例えばスポーツ活動の推進)を持っているけれども、社団法人(民法上)になるための条件、例えば必要な資本金、組織等が整わなくて関係官庁の認可手続きができない団体>である本大会本部を構成し、本大会の企画・運営にあたっていたので、本競技会に関し、参加者との間に成立するとすれば、本大会本部との間に成立するものであって、参加者本人と町との間には何らの契約関係もないと主張する。
 一般に競技会の主催者が参加者を募集し、これに応じた者に、競技会への参加を承認した場合、特別の事情がない限り主催者と参加者との間には、競技会の実施に関する契約が成立したものということができ、その契約に従って、参加者は有料であれば参加費用の支払い義務を負担し、主催者は競技会を実施する義務を負うこととなる。

 ところで、この競技会は、同町観光協会が計画し、同町観光協会会長や理事のほか、同町職員らによって構成される実行委員会によって大会本部を組織し、大会の具体的な運営に当たっている。参加者を募集し、参加費を徴収している。参加申込書の宛先は大会本部となっている。
 観光協会の実体はというと、同町役場内に事務所を置き、町長や議会議長が顧問となり、事務局長は同町職員が出向してきている。予算も事件のあった年度は500万円、翌年度は700万円の同町助成金によって賄われていた(観光協会の年間予算の3分の1に当たる)。
 協議会についても、大会会長を町長が引き受け、本部には同町助役、総務課長らが参画している。また、参加費以外から大会を賄う費用の半額を超える160万円を町が負担している。参加者に配られた大会要領には、主催者として同町が表示され、参加を承認する旨の通知書には、大会会長の表示のもとに、町長の表示もしていることを認めることが出来た。

 以上のことからすると、同町は、単なる名義貸しではなく、実質的な主催者であることが明確である。従って、主催者として、参加者である事故死者との間に、この競技会に関する契約の成立を妨げる事由はないというべきである。
 一方、参加者と観光協会及び大会本部との間に、同様に大会競技に関する契約が成立するとしても、これによって同町との契約成立が妨げられるものはない。

《安全配慮義務について》
 ここで、大会の安全配慮義務、救助義務について、東京女子体育大学名誉教授・総合スポーツ研究所代表顧問、伊藤堯著「ケイスタディ スポーツアクシデント」(体育施設出版)を参考に引用してみた。

<競技主催者の安全配慮義務>
 まず、主催者はその競技に関する契約に基づいて、参加者に競技を実施する義務を負わせることは勿論のことであるが、これに付随し、その競技が危険を伴うものである場合には、参加者が安全に競技できるように配慮し、救助を要する事態が発生した場合に、直ちに救助する義務を負うことはいうまでもない。
 同大会の海上監視、救助体制についてみると、各ポイントにヨット。警戒船(遊漁船)9隻を競技者の進行に従って展開。さらに救助船2隻、本部船1隻を配備した。各船には、救助措置の訓練を受けた消防署員や海上保安署の海難防止訓練を受けた職員らが乗り組んでいた。

<ウエットスーツ着用に対する配慮義務>
 ここで遺族らは「大会当日、事故死のあった海上付近は、摂氏22〜23度であった。参加者が体温低下によって溺れることがないように体温保持のためのウエットスーツの着用を認めるべきであった。少なくとも50歳以上の高齢者や初心者には、これを許可し、あるいはその着用を推めるべきであった。しかるに一律に着用を禁止した」と主張した。
 K地方裁判所判決では「水温が摂氏22度程度であったとしても、これをもって町にウエットスーツを着用せしめるべき義務があったかまでは認めることができない。すなわち、摂氏22度という水温が必ずしも水泳競技に適切でないということはできないし、本件水泳競技においては、事故死者以外の参加者らに水温が低かったことにより傷害が発生したということもなく、あらかじめウエットスーツの着用を認めなければ危険であったというような状況は認めることができない」と、その主張を斥けた。

<標識ブイ等に関する配慮>
 遺族らは、「参加者がどこで競技を中断しても、標識ブイまたはロープにつかまって危険を避けることができるようにすべきであった」と主張した。
 これに対して判決では「本件水泳競技は耐久競技であり、コースを泳ぎ切って次の競技に進むことが予定されており、その参加者は初心者も混じっていたというものの、いずれも相当の経験を有する者が多数の希望者の中から選ばれており、しかも中断の場合には、本部船1隻、警戒船9隻、救助船2隻等の船艇が待機し、救助体制がとられていたし、救助の主たる役割は、これらの船艇に期待されるものであるうえ、100メートルごととはいえ、そのブイにつかまって休むことができたものであって、未だこのブイの設置及びロープのなかったことをもって、安全配慮を欠いたとまでは言えないところである」としている。

<医師・看護婦配置義務>
 遺族らは、「水泳競技会場の海浜に、医師や看護婦を待機させた、いわゆるメディカルテントを設置し、また監視船に医師を乗り組ませるべきであった」と主張した。
 これに対して裁判所は、「事故死は、既に呼吸停止状態で救助されたものであるが、このような重篤な溺死患者に対しては呼吸管理、循環管理等高度な医療が必要であり、そのための設備を病院外に設置することは困難であり、このような患者に対する措置としては、応急措置をするとともに、海浜に搬送用の車両を待機させるなどして、速やかにその設備の整った病院へ収容しうる体制を整えれば足りるというべきである。
 事故死者については、救助直後から人工呼吸等の措置を受け、たまたま他の参加者を収容する目的で、この競技会場の海浜まで来ていた救急用の自動車によって速やかに病院に搬入されたが、これによれば医師・看護婦の配置を欠いたことと、死亡事故との間には相当の因果関係がないというべきである。
 監視船に医師を乗り組ませることについて、重傷患者については、その救助体制を監視船に備えることが困難であり、そうでない患者については、海浜までさほど時間を要せずに搬送できるのであるから、監視に当たる船には応急措置ができる者を乗り組ませることで足りるというべきである。本件については、救助活動について指導を受けた消防署員等を乗り組ませており、現実に人工呼吸等の応急措置が可能であったのであるから、この点については、安全配慮義務を欠いたということはできない」と、その主張を斥けた。

<手漕ぎボート等による監視>
 遺族らは「競技者にできるだけ接近して監視するため、手漕ぎボート、ゴムボート、サーフボート等、参加者に接近できるものに監視者を乗り込ませて監視すべきであった」と主張した。
 これに対して、裁判所は「確かに競技者に接近するには、通常の船艇より手漕ぎボート等が優れているということができるが、競技中に競技者に接近することは、競技に影響を与えたり、接触するなど、かえって危険を生じることもあり、手漕ぎボート等による監視が常に必要とまではいえない。要は、競技者が救助を求めたり、救助を要する事態となった場合に速やかに救助しうる態勢にあれば足りるのであって、必ず手漕ぎボート等による監視が必要であるとまではいうことができず、手漕ぎボート等による監視がされていなかったことをもって、安全配慮義務を欠いたとまではいえないところである」と判示した。

(次回へ続く)



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