ボランティア指導者の法的責任(3)

第00003号
2002年7月19日 更新

 

〜子供会活動に大きな影響を与えた逆転無罪判決〜

コラムニスト 平光 正則

 昭和57年夏、子供会の野外活動中に起きた児童の事故死で、ボランティア(奉仕活動)の引率者が過失致死罪に問われたM県T市の“子供会裁判”の判決公判が、事件発生3年後の54年12月6日、T簡易裁判所で開かれ、事件当時、県職員の女性(38)に対し「子供会に対する善意無償の奉仕活動といえども、過失責任は免れない」という検察側の主張をほぼ認め、求刑通り罰金5万円の有罪判決を言い渡した。
 同判決は、前回述べたように、子供会の活動中の事故に対するボランティア引率者の刑事責任に裁判所が判断を示したのは全国で初めてであった。
 この“善意に重い十字架を背負った”ショック判決に続く民事裁判でも引率者3人に過失責任を認めた判決が言い渡された。
 川の深みで死んだ子供の両親(原告)が「川遊びする場所の選び方や監視体制に問題があった」として、子供会の引率(指導)者11人と、M県、T市を相手取り総額5002万余円の損害賠償を求めた訴訟の判決がT地方裁判所民事部(U裁判長)であった。
 裁判長は「水遊びのとき監視体制が不十分だったほか、予定とは異なった場所で水遊びを許したが、子供の不注意もあった」として、引率(指導)者のうち現場の下見などをした役員ら3人に過失を認め、連帯して請求の1割約526万円の損害賠償を支払うよう命じた。他の引率(指導)者8人とM県、T市に対する請求は棄却した。
 これに対し原告の両親は「どんな判決をもらっても、死んだ子どもは帰らない。今後こんなことが二度と起こらないよう願うだけです」と当時語っていた。

 同民事訴訟の判決によって、ボランティア活動が萎縮するのではないか心配された。というのは、各地のスポーツ(競技会)大会で事故死が発生すると、刑事、民事訴訟に発展するのが常であるが、その判決を待たず、大会中止等に追い込まれ、消えて行くのが大半である。
 ここでも「活動が萎縮するのではと心配だが、これを警鐘にして、しっかりした安全体制で臨むべきである」また「子ども会裁判は、ボランティアには義務と責任が伴うんだという認識が広まったことで、意味がある。ただ、子どもには危険から守られる権利と、野外活動などで危険に挑戦して発達する権利があり、冒険的なプログラムを組みながら、同時に安全を確保していくことが大切である。
 また、1〜2年で子供会の指導者が交代してしまうのも問題である。一時的な萎縮も考えられるが、積極的に安全に心がけるようになれば、マイナスではないだろう」とボランティア関係者が指摘している旨を日刊各紙が報じていた。

 昭和51年8月1日、M県G町のA川渓谷の河原で、子ども会のハイキング中、小学3年生の男児(当時9歳)が死亡した事故で、引率者のボランティアの注意義務をめぐり行われていた“T子ども会訴訟”の刑事裁判の控訴審判決が、昭和59年2月28日午前10時開廷のN高等裁判所刑事2部であった。
 S裁判長は、過失致死罪で起訴された同県職員の女性ボランティア(43)に対し「川遊びの場所は危険性は少なく、被告は注意を払っており、過失はなかった。一審は事実誤認と法令解釈に誤りがある」と述べ、一審のT簡易裁判所の有罪判決(罰金5万円)を破棄する逆転無罪判決を言い渡した。
 この事故を報じた当時のM新聞など日刊各紙を見ながら、もう一度振り返ってみると、昭和51年8月1日午後1時過ぎ、T市K町のY子供会は、同県G町のA川へハイキングに出かけた。この一行の小・中学生36人を女性ボランティア(被告)ら大人11人が引率した。昼食後、川遊びをした際、会社員の長男(当時9歳)が決められた場所から約15メートル下流の岩場へ行き、1.5〜2メートルの深みで死亡しているのが発見された。
 この控訴審の主な争点として4点があげられている。(1)ボランティアの注意義務の程度。(2)死因 (3)女性ボランティアは子供会の指導者か否か。(4)控訴権乱用。

 S裁判長は判決で次のように述べた。
 女性ボランティア(被告)が川遊びを許可した水域に関する限りその水流、水深、川幅などをみると危険性は少ないことは明かである。
 1.女性ボランティア(被告)は、子供会の指導者だが、ハイキングで、児童らを保護監督する最高の責任者ではない。育成会会長、書記の方が、被告より上位にあった。
 2.被告には事故防止義務はあるが、児童らが川遊びの許可水域から出ないよう他の育成会員らに適切な監視を依頼する義務はなく、被告自身も十分な監視を尽くす義務はない。
 3.被告は、川遊びの際、児童に対し「泳いではいけない。岩はコケが生え、滑るから気をつけなさい」と注意し、指で許可水域を指示した。その際、死亡した児童(当時9歳)は、この注意と指示を聞きとれたと認めるのが相当である。
 4.被告は、川遊びを許可した後も児童らを監視しており、監視義務を尽くさなかったと断定するのは困難である。
 以上のように一審判決の事実誤認などを認めた。

 控訴審で弁護側が最も強調していたのは、善意の奉仕に刑罰を科すべきではない、という控訴権乱用、または無罪主張の根拠は一、二審ともほぼ同じであった。(1)まず、公訴権の乱用については、違法な起訴ではなかったので、検察側の起訴裁量権を逸脱したものではなかったという検察側の言い分を、この一点についてのみ認めた。(2)事実認定での争点は、ほぼ全面的に弁護側の主張を採用、事故のあった現場は“それほど危険を高く感じさせる所ではなかった”と判断した。女性ボランティア(被告)が示した川遊びの範囲から、しばらくの間なら水深も30〜50センチしかなかったことを指摘した。(3)被告については、子供会の指導者の一人ではあったが、最高責任者とは言い切れず“育成会長や書記の方が保護監督上、重要な役割を負っていた”とした。(4)そこで、S裁判長は、併せてボランティアだからといって、すぐに注意義務がないとは言えないと警鐘を打った。(5)被告の注意義務の程度では“自ら指定した川遊びの範囲について安全を確認しているし、死亡した子どもが、そこから抜け出して水難に遭ったのを、じきに発見できなかったことで、監視義務を尽くさなかったということは出来ない”などと一審を退け、死因が水死か病死かの判断は避けた。(6)S裁判長は「明らかな事実誤認と、それに伴う法令解釈、適用の誤りがあるので一審は破棄されるべきである」と結んだ。

 この“ボランティア逆転「無罪」”について、T新聞の昭和59年2月29日付朝刊社説で「自分のことだけに閉じこもりがちな世の中で、善意無償の奉仕行為は尊いものだ。ボランティアの事故責任に逆転無罪が言い渡された。これで良かったのではないか」と冒頭で主張している。
 さらに本文で「事故のあった現場は一般的にそれほど危険を感じさせるところではなく、ボランティア指導者(事故当時は、県職員であった)は通常考えられる注意義務を果たしていたこと、子供会指導者の一人ではあったが、最高責任者とは言い切れないこと、などで、有罪とした一審判決には明かに事実誤認がある、という判断である。
 私たちは率直に言って“ボランティア(指導者)は無罪”でよかったと思う。わが子をなくされたことで両親には誠にお気の毒だが、無償の、善意の行為の結果に、何が何でも刑事責任を負わせるというのは、いささか酷ではないか。
 もちろん、これは善意の奉仕行為であればすべて責任なし、という“無責任な主張とは違う。誤解のないよう判決を引用すれば、裁判長は問題のケースに関し“引率者として視認できる限り、児童の動静に対して常に注意を払って事故の発生を末然に防止すべき義務があることは当然だ”とはっきり指摘しているのである。

 学習塾に閉じ込められ、テレビにあけくれる子供たちが多くなった。そういう子供たちを自然の中に連れ出し、伸び伸びと活動させる機会があれば、心身の健全な発育に大いに役立つだろう。
 しかし、わんぱくざかりの元気な子供たちを引率し、ボランティア活動を行う責任者の気苦労は、並大抵のものではなかろうと察せられる。だからしゃくし定規に法を適用することには、どうしても割り切れなさを感じるのだ。
 このところ、いわゆる善意に起因した事故をめぐって、たてつづけに訴訟が起きている。近所づきあいのよしみで預かった幼児の死が裁判に発展した“隣人訴訟”は、原・被告双方へのいやがらせという異常な事態から訴訟取り下げとなったが、つい先日もH地裁K支部が、スポーツ少年団のキャンプで竹とんぼが目に当たり、視力が落ちた少年の事故で、引率者らに賠償支払いを命じる判決を言い渡した。
 好むと好まざるとにかかわらず、この種の紛争はますます多くなりそうな気配である。
 安全教育の勉強会、保険賠償制度の発足など、事故を教訓としたさまざまな対策がとられてきた。保険の掛け金を負担する自治体も登場している。
 あふれる善意の心に責任を銘記しつつ、ボランティアたちには萎縮することなく一層の活躍を期待したいものである」(引用抜粋)と論評、安全教育の徹底と保険賠償制度の促進を促している。

 時あたかも、平成12年9月22日、首相の私的諮問機関・教育改革国民会議は「小・中学校では2週間、高等学校では1ヶ月間、共同生活などによる奉仕活動を行う。将来的には、一定の試験期間をおいて、満18歳の国民すべてに1年間程度、農作業や森林の整備、高齢者介護などの奉仕活動を義務付けることを検討する。奉仕活動の指導には、各業種の熟練者、青年海外協力隊の経験者、青少年活動指導者などの参加を求める。奉仕活動の具体的内容は、子供の成長段階などに応じたものとする」等の中間報告を行った。
 また、戦後教育のあり方を規定している教育基本法の抜本的な改正を求める教育関係者や経済人らでつくる、新しい教育基本法を求める会では9月18日、森喜朗首相に将来の基本法改正にあたって、「普通教育(小・中・高校)の児童・生徒による国家と地域社会への奉仕」を含む要望を行った。

 一方、これを先取りする形で、文部省は8月に全国すべての市町村にモデル地域を定め、小・中生約50人ずつを1週間程度の奉仕合宿に参加させる方針を決定している。
 加えて、公・私立小・中・高校の完全5日制に向けて、ますます児童、生徒の校外活動が大幅に増えてくる。これにつれて、地域ボランティア(指導者)の出番が、より増えてくるであろう。それだけに、この一・二審にわたるボランティア裁判の判断に学ぶところが多い。

 事故のことばかり念頭において、安全第一を追及するだけでは、スポーツ活動の推進はないといってもよい。新聞・テレビのスポーツニュースには、笑顔があふれる華々しい栄光に輝く報道もあれば、時には悲惨な事故を伝えるニュースもある。スポーツに汗を流す人、競技を観戦する人、そして指導者・運営・管理する人たちは、これらのニュースに一喜一憂し、それでも栄光を夢見て切磋琢磨する。
 そもそも、スポーツも野外活動には本質的に危険性を伴う。最高の施設、用具等を使い、ベテラン指導者が指導・運営・管理しても、事故は避けられない。安全性には限界があるとすれば、スポーツや野外活動に参加する人たちが、安心して楽しむために、事故を起こさないよう最善の努力をすることはもちろんのこと、発生した事故を最小限に食い止めるための体制づくりが必要である。救急処置、緊急連絡体制の確立を忘れてはならない。これらの体制が、より万全に近づくことによって、スポーツする人、指導する人が安心できる。

 もう一つ忘れてならないのが、事故による補償対策である。些細な傷害であれば、スポーツの本質的危険性によるものとして問題にならず、通常の保険、補償制度によって円満に解決するもの。しかし、思いもよらない死亡、重廃疾となると、問題解決は深刻である。特に最近は、人権尊重に基づく権利意識の高まりについて、スポーツの本質的危険性による些細な事故についても,法的責任を追及するケースが多く起きている。これが些細な事故であっても、その対応が不適切なために問題が深刻になり、多額の訴訟費用と貴重な時間をかけ、しかも、かつてスポーツを通して培われた素晴らしい人間関係も、責任追及のあまり醜い攻撃、防御の場になってしまう。

 スポーツ事故に詳しい日本スポーツ法学会前会長、東京女子体育大学名誉教授・伊藤堯氏は「スポーツ事故ハンドブック」(道和書院発行)の中で、次のように述べている。
 「事故問題解決の基本は“誠意”である。この場合“誠意”とは“陳謝”“反省”“補償”である。“陳謝”とは一概に非を認めて謝れ、ということではなく、その基本は“誠意ある言動”にある。事故問題が深刻になったケースは、とかくこの初動の対応が不適切であり、担当者直接の関係者が責任逃れから曖昧な対応をして、関係者に不信の念を抱かせる結果になることが多い。事実は詳細確実に確定し、認め、責任は最終的に実態が明確になってから、確定するものである。積極的に被害者の立場に立って対応することによって問題解決の方途が明確になるものである。

 “反省”とは、“非”を認めることになるものではない。事故の原因は多岐にわたっている。反省とは事故原因を詳細に究明し再び同様の事故を起こさない対策を確定するためのものである。事故後に事故当時の指導管理体制を変更したからといって過失責任を認定したことにはならない。かえって誠意ある対策として評価されるべきものである。
 “補償”とは、被害者救済の問題である。いかに“誠意”“反省”によって“誠意”が認められても、最終的に被害者が適切に補償されなければならない。事故がスポーツの本質的危険性による場合には、一律の補償金額による。また、事故が指導上の過失や施設の設置、管理の瑕疵による場合には、被害の状況により発生した損失だけでなく、“得べかりし過失利益”まで賠償しなければならない。最近のスポーツ事故による賠償責任に対応するためには、これらすべての損失が補償されるような保険を設定しておく必要がある。それぞれのスポーツ活動に、より適切に対応できる保険管理は、現在のスポーツ活動を推進する上においての最重要課題である」

 ボランティア活動保険について一例を参考までに記してみる。
 東京海上火災保険によると、この内容は「ボランティア活動のために、ボランティア自身が自宅を出てから帰るまでの間に生じた事故について、当該ボランティアが負担する賠償責任、及びボランティア活動中の事故によりボランティア自身が被った傷害を補償します」ということである。
 契約者は「国・都道府県・政令指定都市等」になっている。
 以上に該当しないような小規模ボランティア団体を対象とする制度としては次のようなものがある。▽ 社会福祉法人全国社会福祉協議会ボランティア活動保険▽東京都社会福祉協議会ボランティア活動保険▽スポーツ安全協会スポーツ安全保険。これらは、それぞれが団体契約となっている。

参考引用資料
1. 伊藤堯・入澤充編著「スポーツ事故ハンドブック」(道和書院発行)
伊藤堯著「ケーススタディ SPORTS ACCIDENT」(体育施設出版発行)
2. 中日新聞、朝日新聞、毎日新聞の各朝・夕刊紙


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