事故問題解決における「誠意」について
山田 良樹
日本体育大学教授
最近のスポーツ事故問題について、どうしてこのような些細な事故が、訴訟問題に発展するのか、永年体育指導育成の立場にある者として、どこで問題解決の方策が混乱したのか、もっと円満に早期に平和的に解決出来なかったのかと、疑問に思うことが多々ある。
判例集によると、体育の補強運動としての「肩車」による腰椎骨折事故で問題解決が最高裁まで持ち込まれ最後には「請求棄却」として上告棄却の判決があった例がある。体育の指導過程には、どのような段階にも多少とも危険の要素を含んでいるものであり、安全第一だけでは目的達成は出来ない。事故は起こりうる、要はその問題解決を平和的に早期に出来ないものかということである。刑事責任を問われるような重大な問題は別として些細な事故までも深刻な問題に発展しないように解決する心構えについて、考えられることは「誠意」の問題である。
とかくこのような場合、責任追及する立場から「誠意」ないとされる場合の第一は、「陳謝」しないという指摘である。「陳謝」とは誠意ある言動のことである。誠意ある言動がすべて過失責任を認定したことにはならない。
次に「反省」がない、と追及される。「反省」とは、たんなる言動だけの問題ではない。事故の原因を追究して不完全な指導、ならびに管理体制を改善し、施設、設備の欠陥は早急に整備、改善し、再び事故をおこさないように積極的に努力し、配慮することである。
究極の問題は「補償」である。「補償」の基本は被害者の立場にたって、その損失を補填することである。被害者の苦痛や、関係者の苦労は金銭では計り知れないものがある。しかし、損害を補填して、その償いを金銭でするのが近代市民法の基本的考え方である。
この3つの要素が合理的にそしてそれがスムーズに実行、推進されるとき、問題解決に「誠意」があるということになるのである。もしこの一つでも不完全であると、いくら見舞金、賠償金を用意しても問題解決は出来ず、余分に多くの金と時間をかけて状況によっては、法廷で解決しなければならないことになる。
事故防止は直接的にはそのスポーツを行う一人一人の心掛けの問題や、技術上の問題として研究されていることではあるが、指導者、管理者の立場としては、そのような技術上の問題と相まって、現在の社会情勢の下に行われるスポーツ活動であるという十分な認識にたって、指導、管理にあたり、事故に際しては適切な措置がとれる心構えが必要である。そして平素このような心構え中に事故責任の重要性を認識して、従来のようにスポーツには事故はつきものだから仕方ないことであるとして、本人の不注意だけを強調するだけでなく、状況によっては重大な責任を追わなければならないという決意も必要であり、そのような決意を含めて、積極的な指導が行われなければならない。
事故を恐れ、事故による責任問題が社会的に大きくクローズアップされるとそのことのために従来積極的活発に行われていたクラブ活動を廃止したり、指導活動が消極的になっていたのでは、スポーツ本来の意義がなくなる。その為にも事故に際して「とらなければならない責任」「とる必要のない責任」を明確に理解し、責任追及に対しては確固たる態度で対処し、被害者救済については、適切な保険を設定し、不可避的な事故に際しても十分な補償救済が出来るような体制を確立しておかなければならない。
スポーツには事故は不可避である。指導管理する人も、「みんなのスポーツ」に積極的に参加する人も安心(Security)出来るよう推進することが念願である。 |