予防法学の発展に期待する

第00004号
2002年8月9日 更新

予防法学の発展に期待する

濱野 吉生

日本スポーツ法学会理事
早稲田大学人間科学部教授

当サイトを運営している総合スポーツ研究所の「Profile」には、「スポーツ事故防止のためのスポーツ科学、スポーツ法学、スポーツ医学等々の面から研究し、“安全にそして安心して”スポーツが楽しめるよう提案する」とある。これは法的な面からいえば、スポーツ事故に事後に対処するだけではなく、事前にその予防を図ること、すなわち予防法学の進展をも目指すということにほかなるまい。

日本スポーツ法学会も、もちろん予防法学を視野に入れているものの、学会としての性格から、まずはスポーツ法の解釈や法理論の研究に専念せざるをえないこととなる。

スポーツ事故に関する民事訴訟は、損害の補填を目的とするが、死亡事故の場合、勝訴であっても、当然のことながら生命が蘇るわけではない。また、現行法は、民法709条をはじめとして過失責任主義をとっていることから、生徒などの被害者の損害が補填されるためには、加害者とされる教師・指導者に過失があることが必要とされる。そのため時として、教師・指導者にたいし、観念的で理想に近い注意や行動を要求することがある。高等学校での体操部での練習中、生徒が二回転着地の練習に失敗して廃失者となった事件で、中学校時代に体操の経験があるにすぎず、体育担当でもない顧問の教師に、体操の専門指導者によってのみ可能と思われるような能力りゃ行動を要求し、体操部の練習計画の不備、レギュラーグループの練習のみに気をとられていたこと、被害生徒の試みた種目についての予備的練習や万一の場合の危険防止法の指導が行われていなかったことを理由に、過失を認定した判決(判例時報、873号)などをその例として挙げることができる。

この問題の対応については、被害者と加害者とされるものの立場をともに考えるならば、学校などでは無過失責任主義への方向を探るとともに、なんといっても事故の防止策を講じることが肝要となってくる。

憲法13条の幸福追求権と同25条の生存権条項を法的根拠とするスポーツ権の権利内容には、国民のスポーツの自由を守る自由権的側面と条件整備を要求する社会権的側面に加えて、スポーツを安全に行うことも含まれると考えられる。1997年12月に開催された日本スポーツ法学会大会で発表された「スポーツ基本法要網案」では、そのことを「すべての国民は、ひとしくスポーツに関する権利を有し、生涯にわたって実際生活に則し、スポーツに参加する自発的な機会が保証されなければならない」と表現している。
とはいえ、つとに多くの識者が指摘しているように、スポーツには避けることのできない本質的な危険があり、事故をまったく防ぐことはできない。だが、それを少なくしていくことは可能であろう。

国民の権利に対応して、権利内容の実現義務を負うのは最終的には国であるが、スポーツの自由を考慮すれば、安全を確保するために努力すべきはまずは指導者やスポーツに関連する各方面の研究者であり、スポーツ関係団体であろう。スポーツ法学の立場からいえば、事故判例を分析して教訓を引き出しつつ、他方、スポーツ国家法とスポーツ固有法(団体協約・スポーツルール)を研究して、安全確保のための提案をするということである。
そうしたことから、当研究所が予防法学に力を入れることはきわめて意味のあることであり、当サイトによるその成果の発表に期待する次第である。



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