安心してスポーツを楽しむために
−スポーツ事故の法と医療を考える−
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小笠原 正
日本スポーツ法学会会長
東亜大学通信制大学院教授
本来人間の生活を豊かにするべきスポーツが、精神的にも社会的にも負担を強い、人間関係を険悪にし、重大な健康障害を生じさせることは、スポーツ本来の姿を歪め、健全なスポーツの目的に反することである。このようなスポーツ事故の発生を抑止し、スポーツ事故をめぐる紛争を減少させるには、スポーツ事故の法的メカニズムの研究、スポーツを取り巻く環境・産業・行政・情報等の法体系の理論的・実践的研究と、スポーツにおける熱中症や突然死の医学的・医療的研究が重要である。最近の傾向である、スポーツが大衆化し、低年齢化・高年齢化するとともに個別化することによって、スポーツ参加の機会が多くなり、スポーツ参加者の健康状態の把握と、参加決定に対する医師の医学的説明は大きな役割を担うことになる。
この点に関する医学の貢献は、スポーツ・ドクターの手によって着実に積み重ねられている。日本におけるスポーツ・ドクター制度は、「日本医師会認定健康スポーツ医制度」「日本体育協会公認スポーツドクター制度」「日本整形外科学会スポーツ登録医制度」があるが、スポーツについての専門的知識・技術をもつ者として、トレーニングをめぐる生理学・解剖学・心理学等の学際的研究がすすめられているのである。
しかし、一方では、スポーツ・ドクターによるスポーツ診断書の作成基準やその責任の問題、スポーツ参加への説明義務とプライバシー、その法的性格の問題、あるいはドーピングとスポーツ選手の人権の問題など、法的に解決しなければならない幾つかの問題を抱えていることも事実である。
一例として、最近のスポーツと医療に関する判例を簡単に紹介しておく、機会を見て詳しく取り上げてみたいと思っている。これは、マラソン中に熱射病で転倒した高校生を、脳しんとうと診断し入院さ
せたところ、急性心不全で死亡し、医師に診断、経過観察上の過失が有ったとされたものである(静岡地裁沼津支部平成6.11.16 判決)。この生徒は全校マラソンに参加し、11.5
キロメートル地点で意識不明のまま転倒していたところを発見された。救急病院の医師による、頭部CT スキャン、頭部、胸部のX 線写真の撮影が行われたが異常は見られず、頭部打撲に起因する脳しんとうと診断された。しかし、しだいに病状が悪化し、翌日、急性心不全により死亡したのである。
裁判所は、この生徒の症状から熱射病を疑診することは可能であったとしている。この医師に熱射病についての知識がなかったということではないが、スポーツに対するしっかりした認識が有れば、マラソンという激しい運動と、気象状況、この生徒の発汗と高熱や意識の不穏状態、脱水状態等から、熱射病と疑ってみることは、医師として可能であったと思える。してみると、スポーツに対する認識と医学上の専門的知識は、医師においても相当に重要と言わなければならない。すべての医師がスポーツドクターであってほしいが、できることならスポーツに興味を持ち、そのような気持ちでスポーツを鑑賞しあるいは参加してほしいものである。
このような医学と法学の諸問題の解決のため、日本スポーツ法学会・日本臨床スポーツ医学会は共同して研究を進めて来た。そして、この共同研究の成果の一部を、報告するシンポジュウムを、金沢大学で開催している。これらが今後どのように発展し成果を挙げて行くのかは未知数では有るが、出来るだけ多くの人に関心を持ってもらいたいところである。
スポーツはすべての人々のものである。スポーツ事故を防止することはもとよりであるが、事故が発生した後に、その不幸を乗り越えるためのスポーツ事故補償制度が充実していなければならない。日
本は欧米に比べこの点では遅れている。公的な事故補償制度と共に、スポーツを行う者、指導する者、施設を経営する者、すべてのスポーツ関係者が、せめてスポーツ保険や傷害保険などに加入して、自己を守ることが必要である。
スポーツは危険を伴うものであるが、事故を排し、健康で明るく楽しい人生を享受するために、いつでもどこでもスポーツに参加し楽しめるようにしたいものである。ちょっとした不注意や過失から事故を
起こし、そのためにスポーツから遠ざかり、あるいは指導者の意欲を失わせるとしたらスポーツにとって不幸である。スポーツを通して、共存・共栄の社会を作る事が出来ればどんなにすばらしいことか。いや、スポーツにはそのような力がある、そう思いたい。